「続テルマエ・ロマエ」第1話 (C)ヤマザキマリ/集英社
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 「裸の付き合い」というように、テルマエ(公共浴場)の発達した古代ローマと、日本では、人々はお風呂を愛し社交場になり、欠かせない習慣になっていた。そんな入浴文化を紹介する「テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本」が東京都港区のパナソニック汐留美術館で6月9日まで開催中だ。漫画「テルマエ・ロマエ」の著者で、同展に協力したヤマザキマリさんに、展覧会の見どころとお風呂を巡るホットな秘話を聞いた。(山根由起子)

 ――展覧会はナポリ国立考古学博物館の所蔵品を中心に絵画や彫刻、考古遺物など100件以上の作品や映像、模型などを紹介しています。ご覧になっていかがでしたか?

 コンパクトにまとまっていて見やすいですね。ピンポイントにお風呂に特化したものを集めて展示するという発想が面白い展覧会です。およそ2千年前ではあっても、古代ローマ文明がどれだけ進んでいたかがよく見えてくる内容だと思います。

 ――印象に残った展示物は?

 汗や汚れを落とす道具のストリギリス(肌かき器)や、1世紀の水道のバルブですね。今でも十分使えそうな立派な水道のバルブですが、古代ローマの水の供給量の豊かさを裏付けるものなので、ぜひ見て頂きたいです。

 古代ローマのテルマエをイメージした空間では、当時の空気感や雰囲気を感じることができます。会場には大理石の「恥じらいのヴィーナス」などの彫像も展示されています。

 テルマエには様々な神々の彫刻が飾られていました。浴場は、入浴によって精神を整えつつ、知性と感受性を豊かに養う場でもあったのです。

 ――漫画「テルマエ・ロマエ」でも古代ローマの丸いパンが登場しますが、噴火で火山灰に埋もれたポンペイで出土した直径20センチの炭化した丸いパン(展示はレプリカ)も出品されています。

 火山の噴火の瞬間、人々がどれだけ慌てて逃げ出したかということが伝わりますね。今でもイタリア南部のプーリアへ行けば、あれに近い形状のパンが食べられています。展覧会のグッズ売り場でも炭化したパンをかたどったマグネットを買いました。ぎゅっと握って、ストレス解消できそうです。

 ――日本の入浴文化のコーナーには、ケロリンの桶(おけ)もありますね。

 懐かしいですね。子どものころ、銭湯によく行きました。番台には親切なおばあちゃんがいて、映画の告知がはってあり、湯上がりの人々がテレビで野球や相撲を見て盛り上がっていました。社交の場という意味ではローマ人が日がなテルマエで過ごしていた感覚と似ていると思います。

 ――「テルマエ・ロマエ」では古代ローマの浴場技師のルシウスが、日本の風呂にタイムスリップし、いろんな工夫や発明を古代ローマに持ち帰りますね。

 私の銭湯での実体験が盛り込まれています。ルシウスが「美味(うま)いッ!!」とうなったフルーツ牛乳も湯上がりに飲んでいましたし、牛乳瓶のふたをスッポンと外す道具も使っていました。ルシウスが感激したシャンプーハットは、母がシャンプーは目にしみるのが当たり前だからあんなものは邪道だと言って買ってくれませんでした。銭湯でシャンプーハットをしている子どもたちがうらやましくて、自分で小遣いをためてこっそり買いましたが、結局あまり使いませんでした。

 ――映画「テルマエ・ロマエ」も大ヒットしました。ローマのロケ現場に行かれたのですね。

 2011年3月11日の東日本大震災の直後にクランクインしました。古代ローマ人の役のエキストラの人たちも、できることがあったら何でもやるからと協力モードでした。キャストや製作陣は「今日本がひどい事態になっているのに、自分たちはこんなお笑い映画を撮ってていいのだろうか」と後ろめたい気持ちになっていたようですが、だったら皆が思い切り元気になれる映画にしようと奮起していました。疲弊した兵士たちが岩盤浴で元気になって復興するという展開も勇気付けにはなったかと。

 ――古代ローマ人が日本の風呂に現れるというユニークな発想はどのように思いついたのですか?

 子供の頃から風呂好きでしたが、17歳でイタリアに留学して以降、なかなか浴槽のある家に暮らせませんでした。欧州では、体を洗うのであればシャワーでいいじゃないかと、浴槽を付けない家が多いのです。そのあおりで、30歳でいったん日本に帰国した時には地方局のテレビで温泉リポーターの仕事をしていました。その後イタリア人の研究職の夫と結婚し、彼の仕事でエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカと暮らしましたが、やはりどこも浴槽には恵まれませんでした。当時のポルトガルのリスボンは昭和の日本を彷彿(ほうふつ)とさせる都市でしたが、そこで不意に日本の古い銭湯にローマ人の絵面が思い浮かびました。それがきっかけで「テルマエ・ロマエ」という漫画を描き始めたのですが、大手の出版社に持ち込んでも「うーん、ちょっとニッチですね」と却下されてばかり。しかし「月刊コミックビーム」の編集者は面白がってくれて掲載が決まり、まだまだネタはある、ということで6巻まで描きました。あの作品で日本のお風呂の良さを再発見した読者も多かったようです。

 ――リスボンでは、ベビーバスまで買ってしまったとか。

 お風呂に入りたい気持ちが募って、子供用のプラスチックのバスを購入、シャワーボックスに入れてお湯をため、体育座りで入っていました。洗面器でかけ湯をすると、お湯と接する体積が増えて浴槽に入った感じになるんですね。お風呂は三度の飯以上に自分にとって必要不可欠なものだということを痛感しました。

 ――古代ローマと日本の入浴文化の似ているところと違うところはどこだとお感じになりますか?

 欧州の場合、基本的に浴槽はお湯を泡だらけにして、その中で体を洗うというシステム。しかし、古代ローマ時代の人々は日本と同じく体をきれいに洗ってから浴槽に入ります。古代ローマ人にとってのお湯は体を洗うためではなく、心身をリラックスさせるためのものなのです。社交の場としての機能も同じですね。違うところは、古代ローマの場合、広めの浴場施設にはだいたい運動場が併設されていて、皆そこで運動をしてから入浴します。香油を塗る習慣も古代ローマ式です。

 ――家族や親類、その友人たち11人のイタリア人を連れて日本旅行をしたそうですね。温泉体験は?

 温泉を体験したいというので、石川県のとある温泉宿に宿泊しました。しかし、待てど暮らせど誰も女湯にやって来ない。1人で入浴を済ませ、男湯の前を通過すると中からおばさんたちのイタリア語が聞こえてきます。入り口で浴衣を着たおじさん2人が戸惑っていました。のれんにそれぞれ色違いで男湯、女湯の表示があったのですが認識できなかったみたいで。いろいろと大変な旅でした(笑)。

 ――集英社の漫画配信サービス「少年ジャンプ+」で「続テルマエ・ロマエ」の連載が始まり、4月に1巻が刊行されました。

 「続テルマエ・ロマエ」は時代劇の「水戸黄門」の葵(あおい)の御紋のように、または「サザエさん」のように、予定調和的パターンで展開される作品ですが、自分でも描いていてとても楽しいです。最初のシリーズから20年後の還暦間近のルシウスが登場しますが、古代ローマに点在する古びた温泉を継続させるにはどうしたらいいか、日本の温泉経営者が抱えているのと同じ問題をルシウスも攻略していくという展開です。

 ――ヤマザキさんが入りたい究極のお風呂は?

 ヒノキのお風呂です。いずれ源泉掛け流しの古い温泉宿を買い取って仕事場にしたいです。

 ――普段のお風呂タイムは?

 今は日本とイタリアを行き来する生活です。イタリアの家にはシャワーしかなかったのですが、浴槽を取り付けました。入浴中は一切何も考えず、ひたすらお湯を体感して10分で出ます。朝、昼間、夜、寝る前と1日に3、4回は入ります。血行がよくなり、頭もさえてくるし、リセットできて仕事の効率は確実にあがります。イタリア滞在中は夫から「君は風呂依存だ」と文句を言われますけど、古代ローマ人だったら絶対理解してくれるはずですよね。

ヤマザキマリさん略歴

 漫画家・文筆家・画家 東京造形大学客員教授。1967年東京都出身。84年にイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵と美術史を専攻。比較文学研究者のイタリア人と結婚。エジプト、シリア、ポルトガル、米国を経て現在はイタリアと日本に拠点を置く。2010年に「テルマエ・ロマエ」でマンガ大賞、手塚治虫文化賞短編賞。本年「プリニウス」(ヤマザキマリ とり・みき著)で手塚治虫文化賞マンガ大賞。

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「テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本」  6月9日[日]まで、東京都港区のパナソニック汐留美術館。会期中、一部作品を展示替えします。午前10時~午後6時(入館は午後5時30分まで)。※5月10日[金]、6月7日[金]、8日[土]は夜間開館を実施、午後8時まで開館(入館は午後7時30分まで)。水曜休館(ただし6月5日は開館)。主催はパナソニック汐留美術館、朝日新聞社。問い合わせはハローダイヤル(050・5541・8600)。入館料は一般1200円、65歳以上1100円、大学生・高校生700円、中学生以下無料。※6月22日[土]~8月25日[日]、神戸市立博物館に巡回します。

 公式サイト(https:/…

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