発達障害がある子どもの将来の不安に、親はどう向きあえばよいのでしょう。前回は、子ども自身に「時間管理」する力をつけるヒントについてご紹介しました。今回は、経済的自立に向けて、中高生の保護者としてどのようなことができるのかを紹介したいと思います。
- 忘れっぽい我が子に「時間管理」どう教える? 忘れない仕組みを作る
先日、「注意欠如・多動症(ADHD)と医療コスト」についての海外の研究報告が話題になりました。
ADHDと診断された大人(中年)の精神的および身体的併存症のための年間平均医療コスト(2870ユーロ、 約43万円)は、 ADHDではない成人(394ユーロ、 約6万円)の7.28倍である、という報告です。
ADHDがある人は出費がかさむ? 医療コストは7倍
医療費だけでも約7倍以上かかるのに、それ以外でもお金がかかることもわかっています。いわゆる、ちまたで「ADHD税」といわれるものです。予約していた指定席の電車や飛行機を乗り逃がしてしまったり、確定申告が遅れて延滞料金をとられたり、交通事故を起こして賠償や修理にお金がかかったり、余裕をもっていれば使わなくて済んだタクシー代など……。
ADHDの方は医療よりもこうした出費が多いのではないでしょうか。
もちろん衝動性が高いことから、衝動買い、ゲームなどへの課金、ギャンブル、飲みすぎや食べ過ぎでもお金が飛んでいきます。
一方で、ADHD支援を模索する臨床心理士として実感しているのは「経済的にゆとりのあることで問題にならないADHD特性は多い」ということです。
たとえば、どうしても仕事の後は疲れ切って自炊も片付けもするエネルギーがない人の場合、お金に余裕があれば、宅配サービスや家事代行サービスなどを外注できてしまうのです。選択肢をいつも、二つも三つも持つことができます。苦手なものを徹底的に外注して、好きな仕事に没頭できるような仕組みを作って、得意をひたすら伸ばせるのです。こうすると結果的に収入が増えるかもしれません。ものすごく好循環です。
中高生から取り組む、5つのステップ
しかし、この好循環を回すためには、最初のお金が必要です。
さて、それではどうしたら我が子を経済的自立に近づけられるでしょう。
あまりに壮大なテーマですので、ここでは「キャリア教育」という視点に立ったひとつの考え方として、次の5ステップをご提案します。
<我が子の経済的自立に向けた5ステップ>
1 子ども本人に自分が大人になった未来のイメージを持たせる
2 世の中にどんな仕事があるかを知る
3 本人のワクワク興味のあるものや長所と仕事をつなげる
4 その仕事につくための手段(進学先や訓練校など)を探す
5 良き伴走者を見つけ小刻みなゴール設定で走る
ひとつずつ解説します。
1 子ども本人に自分が大人になった未来のイメージを持たせる
子どもにとってまだ経験したことのない大人になった未来を想像するのは大変です。
発達障害があればなおさらです。
「どこに住みたい?」「誰と一緒にいたい?」「日中は何をしているのかな?」
こんな質問から描いていきます。ここではまだ仕事に関係しなくて大丈夫です。
「友達よりちょっといいマンションに住みたい」「バイクに乗りたい」
こんな願望レベルで大丈夫です。それを数字を使いながら具体化しつつ聞いていきます。
「今一人暮らしのマンションってこのあたりだと5万円ぐらいの家賃だから、ちょっといいやつだと6万円ぐらいかな。今の20代の給料は手取りでこのぐらいで、そのうち家賃がこのぐらいだとちょっと割合としては大きいみたいよ。3割ぐらいがいいみたいよ」
「バイクに乗るってこんなかんじのバイク? 免許も必要みたいね。免許にいくら、バイクにいくらぐらいかかるみたいね」
こうやってだいたいのお金の感覚を教えていきます。
「家賃やバイク代の他にもスマホも電気も食費も……」と具体的に提示しながら生活にかかるお金について情報を補ってあげるといいでしょう。
2 世の中にどんな仕事があるかを知る
1でお金をいくらぐらい稼げば、その生活が実現できそうかがつかめてきたら、「どの仕事についたらそんな生活ができるかな」と問いかけてみます。
今は書店に行けば、仕事に関する図鑑のような形式のいい本がいくらでもあります。イラスト入りでわかりやすく、世の中の職業や資格について、仕事内容だけでなくて実際の収入やその仕事に就く方法についても触れています。気になるものに付箋(ふせん)をつけてもらうといいでしょう。ネット検索でもその仕事の日本における平均年収がわかります。
最も影響力があるのは、知り合いでその職業に就いている大人に出会うことです。難しければ、職業体験イベントを活用してもいいでしょう。
仕事や資格のような具体的な目標が見つからない場合もあるでしょう。
大学のホームページを見てみて、どの学部になら興味がありそうかという話をしてもいいでしょう。こうした具体的な物があった方が、進路のような漠然とした話は進みやすくなります。
3 本人のワクワク興味のあるものや長所と仕事をつなげる
できれば小学生以前の本人が夢中になったことを思い出してみましょう。進路なんて考えもしない、まだ「好き」だけで動いていた頃、何に興味があったのでしょう。そのために寝食を忘れられるぐらい好きだったことはなんでしょう。
ADHD傾向のあるお子さんなら、この点は非常に大事です。大人になったときに毎日自分で起きて準備して仕事に行くという作業はかなりの大仕事なのです。なのでせめて仕事内容に興味がなければ続きません。
本人のワクワクする興味のあるものや長所が、どの仕事でどんなふうに生かせそうかをとっかかりとして提案して、イメージを作っていきます。
4 その仕事に就くための手段(進学先や訓練校など)を探す
仕事や資格が定まれば、あとはなる方法を探すといいでしょう。漠然と有名な大学を目指すのではなく、ゴールが決まった上で最適ルートを導けるので、本人としてもやる気が持ちやすくなります。進学の場合には、勉強へのモチベーションが上がります。
5 良き伴走者を見つけ小刻みなゴール設定で走る
長期的な目標(進路)が決まったとはいえ、日々の努力(勉強など)は大変な苦労でしょう。もっと小刻みな短期目標(来月は英検、再来月はオープンキャンパスのように)を設定して、サポートしてくれる大人がいるといいでしょう。学校の先生や塾の先生、進路指導の先生か、保護者などが伴走してくれるといいですね。
いかがでしたか? こうしたはたらきかけを、進路希望調査票の提出前にドタバタするのではなく、日頃から本人が何に興味あるのかを観察したり、世の中の仕事についての話をしたり、いろんな人に会う機会を持ったりして、徐々に積み重ねていくことが大事です。
<引用文献>
Garcia-Argibay M., Pandya E., Ahnemark E., Werner-Kiechle T., Andersson L. M., Larsson H., & Du Rietz E. (2021). Healthcare utilization and costs of psychiatric and somatic comorbidities associated with newly diagnosed adult ADHD. Acta Psychiatr Scand, 144, 50-59.
https://doi.org/10.1111/acps.13297
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このコラムの著者の新刊が出ました。「大学生の時間管理ワークブック」(中島美鈴・若杉美樹・渡邉慶一郎著、星和書店)http://www.seiwa-pb.co.jp/search/bo05/bn1086.html
<なかしま・みすず>
1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。(臨床心理士・中島美鈴)