写真・図版
羽越しな布を織る大滝ジュンコさん(右)と丹羽梢さん=2024年11月25日午後0時31分、新潟県村上市山熊田、山崎靖撮影

 シナノキの樹皮を剝ぐことができるのは1年で3日間だけと決まっている。その貴重な時期は、1年で最も雨の多い梅雨のさなかに訪れる。樹木が吸い上げた水分で、幹と樹皮の間に浮いたようなすき間ができる。まるでタケノコの皮をむくように樹皮が剝がされ、幹は丸裸になる。

  • マキタスポーツさんに聞く「移住」の心得 東京と村の行き来を1年半
  • 「プロ」が説く移住成功の秘訣 お試しと譲歩、「でも東京風はNG」
写真・図版
シナノキの樹皮を剝ぐ作業=大滝ジュンコさん提供

 皮を剝がされた幹は枯れる。「3日間」は乱獲を防ぎ、再生を促すために先人が守ってきたルールだ。山形県境に接する新潟県村上市山熊田地区、16世帯33人の暮らしは山の恵みで成り立っている。

写真・図版
新潟県村上市の地図

 集落が総出で収穫した樹皮を、まきストーブの灰を加えた水で2日から3日間かけて煮て柔らかくし、樹皮の繊維を一枚一枚はがす。ぬかに漬けて干した後、さらに指で割いてより合わせ、一本の長い糸をつくる。「糸績(う)み」は、雪に閉ざされた冬の重要な仕事。この糸で織られた「羽越(うえつ)しな布(ふ)」は、高級な伝統工芸品として着物の帯などに用いられる。

 山熊田に移住してきた大滝ジュンコさん(47)は、集落の過疎化とともに消えかけていたこの仕事を、この地で暮らしながら一から学び、再興の先頭を走っている。「機織りの技術を取得しただけでは守れません。山の生活そのものに直結している伝統なので」。昨年、国内外からの寄付金を原資に日本の伝統工芸の復活に向けたアイデアを募る「第4回日本伝統工芸再生コンテスト」でファイナリストの6人に選ばれた。

写真・図版
大滝ジュンコさんの羽越しな布の作品。丹羽梢さんが糸を染色した=大滝さん提供

「生き物としての弱さ」に気づく

 埼玉県坂戸市生まれ。朝早くからサラリーマンが満員電車に乗って東京に向かう、典型的なベッドタウンで育った。高校卒業後、山形県の芸術大学で現代アートを学び、その後は長崎県のギャラリー代表や富山県の芸術団体マネジャーとして、地域で芸術を振興する仕事に携わってきた。

 転機は2011年の東日本大…

共有