都市国家として栄えたヴェネチアを象徴するのは神話的な有翼の獅子であり、その土地が20世紀を代表する映画の振興を目ざして国際映画祭の開催に踏み切り、栄誉ある賞を金獅子賞、銀獅子賞と名づけたのはごく自然なことだった。この場合の獅子とはどこの動物園にもいるあの猛獣とは異なり、由緒ある歴史的なイメージに収まっているからだ。勿論(もちろん)、最高の栄誉は金獅子賞だが、時代の流行や前評判、聴衆の反応などに左右されがちなこの賞とは異なり、審査員の意向が強く反映している銀獅子賞は作品の質の吟味に基づくものとされているから、「悪は存在しない」で昨年度のこの賞を受賞した濱口竜介はことのほか名誉なことだと実感したに違いない。半世紀以上も前には溝口健二の「雨月物語」(1953年)と「山椒大夫」(54年)と2年続けて、また最近では濱口の師に当たる黒沢清の「スパイの妻」(2020年)が受賞しているだけに、その悦(よろこ)びも一層のものだったろう。では、濱口はその新作で溝口にも匹敵すべき大作家になったのか。少なくとも、彼は新作の世界同時公開という溝口には果たせなかった大事業を涼しい顔でやってのけた。実際、フランスではすでに公開済みで多くの観客を集めているし、合衆国でも公開間近なのである。
個人的にはアカデミー賞を受…