「あなたの専属漁師」をコンセプトに、注文があった時だけに出漁する「完全受注漁」に挑戦する漁師がいる。効率的に働き、労働時間が大幅に減った一方、新鮮な地魚が人気となり、売り上げは倍増した。先細る漁業現場の働き方改革の糸口になり得るか。全国の漁業関係者も注目する。
受注漁に取り組むのは、岡山県玉野市の富永邦彦さん(37)と妻の美保さん(37)。春と夏は底引き網漁、秋と冬はノリの養殖を行う。
漁の仕組みはこうだ。まず、インスタグラムやネットで注文を受け、漁に出る。タイやヒラメなど瀬戸内で捕れた魚は船上で神経締めして、鮮度を保ち、ボックスに詰めて、約1.5キロを4千円(税込み)などで販売する。注文量以上の魚は海に逃がし、足りない場合は、漁港の先輩漁師から買うこともある。天候不良の場合は漁ができないことも事前に伝えている。
「16時間労働」、過酷な漁業現場
会社員だった邦彦さんは大阪府出身。「海の男はかっこいい」という思いで、2008年に美保さんの父親に師事して漁師になった。しかし、漁師の生活は想像以上に過酷で、漁や魚の仕分けなど早朝から夜まで1日あたり16時間ほど働いた。
休日も道具の修理などに追われ、家族とゆっくり過ごすことはできない。収入も不安定で、一度は漁師をやめ、地元で会社員になったが、12年前に復帰した。その後に、新たに取り組んだのが、個人や飲食店向けに直接販売するネット直販だ。
一般的に漁師が捕った魚は、水揚げ漁港に隣接する市場に集荷され、販売は地元の漁業協同組合(漁協)などに委託する。魚は仲卸業者らがセリや入札で購入し、東京や大阪など消費地の卸売市場に出荷されるなどし、地域の小売店や鮮魚店に並ぶ。
漁師は市場に出荷すれば、一定の収入が確保でき、幅広い出荷先に販売できるが、多くの業者が関わるため、手数料も差し引かれる。市場では日によって価格が変動するが、直販では自身で価格を決められ、安定した収入も期待できる。
コロナ禍が転機、注文20倍に
ただ、売り先の開拓は自己責…