「それでも、人生は返ってこない」――。旧優生保護法の下で強制不妊手術を受けさせられたとして、仙台市内に住む飯塚淳子さん(70代、仮名)が国に慰謝料を求めた訴訟は31日、仙台高裁で和解が成立した。飯塚さんは裁判が終わった安堵(あんど)とともに、27年間の長い闘いを振り返り、改めて悔しさをにじませた。
- 16歳に戻りたい「手術でなく支援があれば」 相談会で出会った因縁
両親の話を盗み聞きした時の衝撃
手術の後遺症で今もおなかが痛み、眠れない夜を過ごす飯塚さん。「言いたいことがたくさんある」。自分の受けた手術は何だったのか。思いを国にぶつけるため、1人で暮らす仙台市の自宅の部屋で机につき、陳述書をつづる日々を送った。
「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」。そんな文言のある旧優生保護法(1948~96年)のもと、国によって行われた強制不妊手術は少なくとも約2万5千件に上る。
県内の海沿いの町に生まれた…