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ホスピスの一日が終わる。水そう越しに沈む夕日を眺めた。明日の太陽は見られるだろうか

それぞれの最終楽章 また会う日まで!(7)

朝日新聞編集委員 中村俊介

 僕は妻をみとれなかった。毎日、一緒にいたのに。

 2人で迎えた最後の朝は、ときおり日が差す静かな薄曇りの空だった。のぼる太陽を窓越しに眺めた。雲の切れ目から光が漏れる。これが旧約聖書にある「ヤコブの梯子(はしご)」というものだろうか。

 もう瞳は動かず、濁ってしまった妻の目の網膜に、柔らかな朝日は映っていたのか。声は死の瞬間まで聞こえるというから、きっと見えたと信じたい。だって目尻に小さな涙がたまっていたのだから(臨終間際の生理現象だともいうけれど)。

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 午前9時過ぎ、僕は病室を出た。銀行で入金したり、そう遠くない会社で雑務を済ませたりして2時間ほどで戻るつもりだった。

 10時半ごろ、携帯が鳴った。脈が弱くなっているという。急いでタクシーに飛び乗った。

 20分ほどで病室に着いたが…

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