写真・図版
衆院選が公示され、演説する候補者=10月15日

 私たちの社会にとって、「影響力」という言葉の意味合いが変わってきたのではないか。27日に迫る総選挙を前に、現代社会の影響力の功罪を描いた小説『多頭獣の話』を刊行した作家の上田岳弘さんに寄稿してもらった。

 うえだ・たかひろ 1979年生まれ。2013年に「太陽」で新潮新人賞を受賞しデビュー。19年に「ニムロッド」で芥川賞。

 2022年7月8日、元内閣総理大臣安倍晋三氏が演説中に銃撃にあって緊急搬送され、後に死去した。憲政史上7人目、戦後としては初の総理経験者の殺害である。当時はコロナ禍中であり、僕にとっては、そのコロナ禍に材をとった初の自作脚本の舞台「2020」上演中だった。その頃、日本社会は不安、不安定の様相をさらに深めていくようだった。

 法治国家にありながら、元首相の殺害という事件が国民の政治的感性や社会行動に影響を及ぼすことは間違っている。言論と投票によって社会を進めていく約束である。だが、現実があるべき論の通りにならないことを我々は経験から知っている。事件のその後の混乱、湧き立った言論の在り方は、やはり法治国家の理想とは乖離(かいり)していた。

 影響力…

共有