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吉田徹・同志社大教授

 冷静であるよりも、「怒る」政治家が世界中で人気を得ているように見える。感情をあらわにして訴えかけることは、なぜ人々の心に響くのか。「アフター・リベラル 怒りと憎悪の政治」の著者で、政治学者の吉田徹・同志社大教授は「現代の政治は『感情の時代』に入っている」と指摘する。

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 ――欧州での極右政党の躍進や、世界的なポピュリズムの台頭には、「怒り」などの感情が理性を上回る時代になった影響があると、吉田さんは指摘しています。その起点はいつごろだったのでしょうか。

 多くの先進国で徐々に政治不信が高まり、ラディカルな政治の蔓延(まんえん)が一般的にみられるようになったのは21世紀に入ってからです。ただ、その前提として怒りを持った政治家が出てくるようになったのは、そこに需要が存在するからです。

 ――なぜ不信が高まったのでしょう。

 現在と比べると、20世紀後半は少なくとも先進国では政治が安定していたように見えた時代でした。それも戦後に初めて主流派となった中間層が民主主義を支持して、体制が定着したからです。

 分厚い中間層が生まれた理由のひとつは、戦後の先進国が福祉国家へと転じたためです。例えば、欧州では高等教育の学費が無料の国も多く、高度成長と相まって、社会的上昇が望めた。安定した人生展望を描くことができる中間層が形成され、結果として民主主義が支持されるようになりました。

 ただ、福祉国家誕生の背景には戦争があったことを忘れてはなりません。ウェルフェア・ステート(福祉国家)はウォーフェア・ステート(戦争国家)から生まれたと言われることもあります。第1次世界大戦と第2次世界大戦は総動員体制のもとで戦われたため、徴税能力を高めた国家が戦後に再分配へと舵(かじ)を切ることができました。

 また「ケインズ型福祉国家」と言われたように、政府の財政支出と福祉政策が相互補完的に機能し、製造業を中心とした経済発展も可能になりました。

 ――ところが、その分厚い中間層がやせ細っていくわけですね。

 国によって多少タイミングの違いはありますが、おおむね1980年代から先進国ではグローバル化が加速し、製造業の衰退とともに中間層が没落していきます。所得階層ごとの分布を示した「エレファントカーブ」という有名なグラフでは、中間層の所得は80年代からほとんど伸びていない。

 新たに雇用が創出されても、サービス業を中心とした質と賃金の低いものへと置き換えられていく。そんな中で、自分だけが損をしているという「相対的な剝奪(はくだつ)感」を感じる人たちが、政治的な党派を問わず、出現してきます。

 そうした不満をターゲットにしたポピュリズムは、「明日は今日より良くなるはず」という、戦後を支えた進歩の観念が今世紀に入って決定的に失われたことで、訴求力を持つようになってきた。グローバル化以前の、中間層が豊かだった時代を経験している旧中間層は、その時代を「原風景」として、あの頃を取り戻してほしい、と後ろ向きの方向への変革を求める心情が広がったと思います。

記事の後半では、感情の時代を反映した「ノスタルジアの政治」「三丁目の夕日幻想」、さらにリベラリズムのあり方などについて分析します。

 ――「取り戻す」というのは、近年日本や米国の政治において、よく使われるキーワードになっていますね。

 私が「ノスタルジアの政治」…

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