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石川幹人・明治大教授

 怒っちゃいけないと分かりつつ、カッと頭に血がのぼる。周囲にけんのある言葉を吐いて、夜に布団に入って、後悔する――。誰しも経験があることかもしれない。謝って済めばまだマシだが、「怒り」はときに、社会的な地位を失わせる。他人の心に傷を残してしまうこともある。なぜこんな厄介者が、私たちの心にいるのか。人間の感情の進化に詳しい明治大学の石川幹人教授は、いつの時代も集団の中で「怒り」が有用になる理由があった、と話す。

 ――進化の過程で、「怒り」を含めた人間の感情も発達してきたのでしょうか。

 感情や心理も、遺伝を通じて祖先から引き継がれています。人間の脳の中には、進化の過程で、動物の時代からある「古い脳」と、人間になってからの「新しい脳」がある。基本的な感情は、「古い脳」によって駆動しています。

 ――怒りを感じたとき、脳内では何が起こっているのですか。

 扁桃(へんとう)体という「古い脳」が衝動的に反応し。アドレナリン系のホルモンが分泌され、興奮状態になります。そして、怒りの興奮に対して、理性をつかさどる「新しい脳」である前頭葉がブレーキをかける。でも、抑制が利くまでには数秒かかる。「怒りを覚えたら6秒待て」といわれるのはそのためです。

 ちなみに、前頭葉が完成するのは25歳ごろと、非常に遅い。そして、加齢に伴う衰えも速い。そのため、青少年や高齢者は、脳の構造上、怒りを制御しにくい状態になることも多いわけです。

 ――感情の種類の中で「怒り」とはどういったものですか。

 怒りは元々、恐怖から派生した感情で、恐怖は危険に対して、「戦う」「逃げる」といった行動をとるための感情です。そして、集団で暮らす動物が現れてくると、その中で、怒りで他者に恐怖を与える個体が、生存上有利になりました。

 ――なぜ恐怖を与えることで有利になるのですか。

 例えば、人間と比較的近い年代に分岐したサルを例に挙げると、怒って、好戦的・威圧的な態度を見せる個体は、集団の中で序列が上がり、有利な立場を得ます。一方で、本当に戦うと傷を負うので、なるべく戦わないことが有利になる状況が強まり、その中で「怒り」を見せることが効果的になってきた。

 ただし、怒りの「ふり」だけでは見破られる。本気で危害を加えられるという恐怖があって初めて、「怒り」は効果を発揮します。

記事の後半では、人類史において「怒り」が生き残ってきた理由、赤ちゃんと人助けに関する研究や、「同じお菓子が好きな人を助けたい」という子どもを対象にした研究などを紹介します。

 ――最近では、兵庫県の斎藤元彦知事が、職員を怒鳴りつけるなどの行動を告発文書や職員アンケートで指摘され、焦点が当たっています。

 周囲に対して攻撃的な姿勢を…

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