虎穴に入った挑戦者は、虎児の目前まで迫ったが届かなかった。第49期囲碁名人戦七番勝負(朝日新聞社主催)の第3局、一力遼挑戦者(27)は芝野虎丸名人(24)に「ありえない」といわしめた驚愕(きょうがく)の勝負手を敢行。名人は瞬間ぐらついたがすぐさま立ち直り、金剛力を発揮して挑戦者の決死行を阻んだ。超一流同士による、死にものぐるいの激戦を紹介する。

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勝ってなお険しい表情を浮かべる芝野虎丸名人=2024年9月18日、三重県鳥羽市の戸田家、北野新太撮影

 今月8日、日本勢で19年ぶりの世界チャンピオンになった挑戦者は帰国後、一気の3連勝を狙って名人戦の舞台に戻ってきた。1日目、勢い最高潮のまま強気の手を繰り出したが名人の逆襲に遭い、劣勢に陥った。

 図1 名人の封じ手は白1。盤中最大の大場だ。この一手で右辺におよそ30目の大地が出現した。加えて盤中央に広がる黒の大石の生きがはっきりしない。四囲は白石ばかり。援軍はどこにも見当たらない。

 名人はいったん大石への攻撃を保留して、陣地の囲い合いでも勝負できる封じ手を選んだ。大石への狙いは依然として残っており、名人に余裕のある形勢に思われた。

 白1は検討陣予想の一手。しかし挑戦者はなかなか次の手を下さない。なにを考えているのか。立会人の羽根直樹九段は「覚悟の時間」と表現した。

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恨めしそうに盤上を見つめる一力遼挑戦者=2024年9月18日、三重県鳥羽市の戸田家、北野新太撮影

 大石の安全第一に手を入れて…

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