2021年春、月刊誌「文芸春秋」から「令和の開拓者たち」という連載の原稿依頼を受けた。将棋の取材を続ける私は即座に藤井聡太を思い浮かべたが、藤井はもう開拓者というより制覇者になる直前期にあった。

 思い直して周辺を見渡した時、エクスプローラーとしての確かな輪郭を持つ青年がいた。囲碁棋士の一力遼だった。

写真・図版
名人戦リーグ最終戦で扇子を広げる。超過密日程の夏を戦っている=2024年7月22日、東京都千代田区の日本棋院、北野新太撮影

 失墜した日本囲碁界の誇りを取り戻すため、苦境にある囲碁という競技のため、偉大な先人や並び立つ宿敵を破るため、そして特別な環境に生まれた宿命とともに輝くため、彼は戦っていた。

 「令和の開拓者たち 一力遼」は月刊「文芸春秋」2021年7月号に掲載された。3年が経過した今月、一力が日本囲碁界に19年ぶりの世界タイトルをもたらしたことを機に全文を配信する。敬称は省略し、段位や肩書は当時のままとした。

令和の開拓者 一力遼

 静かな夜、碁盤に向かう一力遼はまるでダンサーだった。

 十九×十九の線上に黒石と白石がひしめく戦地を睨みながら忙しなく首を左右に傾け、踊るように肉体を揺らしている。頭を掻きむしり、頰杖を突く。正座から胡座に崩し、胡座から正座に直す。暗い部屋の光はスポットライトを思わせた。

 激しく動的な対局姿だが、盤上に正対する背筋は直線上に伸び、姿勢は乱れない。手洗いのため対局室を出る度、振り返って一礼をした。

 「私は対局中、表情や態度に…

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