
そのオス猫は、「ブンタ」と呼ばれていた。俳優の故・菅原文太さんに顔が似ているからだという。態度はふてぶてしい。
保護猫団体が大阪市で営業する猫カフェで暮らしていた。10歳を超え、腎臓に病気がある。店員は引き取り手を見つけるのも諦めた様子だった。
岡山耕二郎さん(47)と妻の智江さん(50)が訪れた時には、入り口でぽつんと座っていた。手を伸ばすと、のどを鳴らし、頭をこすりつけてくる。まとわりついて離れようとしない。
夫婦とも犬好きだったが、その晩、智江さんが言った。「うちに来てもらおうよ」
好きなアニメから「コタロー」と名づけた。野良猫だったころ、棒で殴られたこともあったらしいが、人間が大好き。すぐひざに乗ってくる。帰宅が楽しみになった。
腎臓の病気は進んだ。10カ月後、耕二郎さんの帰宅を待っていたかのように、静かに息をひきとった。2015年11月のことだ。
そのころ、耕二郎さんは悩みを抱えていた。「このまま一緒に死んでしまおうか」。そんな思いすらよぎった。
大阪市にある社員約20人のはんこ屋の2代目だ。価格競争が激化し、盛り返そうと広告にお金をつぎ込んで失敗した。赤字は月1千万円を超えていた。
「どうせつぶれるなら」。最後にコタローのはんこを作ることを思い立ち、名前に小さな猫のイラストを添えた品を売り出した。最初の1週間で売れたのは4本だったが、しばらくすると愛猫家がSNSで拡散してくれて、一月で8千本売れた。
喜んだのもつかの間、すぐに格安の大手が追随。犬やウサギも作ったが、同じことの繰り返しだった。
まねされないことを考えるしかない。
■「だめでもともと」依頼して…