1995年3月20日。

 東京・霞が関の警視庁本部の隣に立つ庁舎に入る科学捜査研究所。

 研究員の大下敏隆(62)にとって、その日もいつも通りの朝だった。

 通称「科捜研」。警察が押収した証拠品の分析がおもな任務で、薬剤師の資格を持つ大下の専門は薬物の鑑定だ。

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 午前8時半。更衣室で作業着に着替え、白衣をまとうと、上司たちの声が聞こえた。

 「地下鉄のあちこちで人が倒れているらしい」

 すぐに声がかかった。

 「大下君、現場から不審物が届く。鑑定の準備をしろ」

写真・図版
30年前に地下鉄サリン事件が起きた東京メトロ日比谷線の小伝馬町駅=2025年2月27日、東京都中央区、井手さゆり撮影

 約10分後、部屋に駆け込んできた白バイ隊員から、何重にもポリ袋が重ねられたモップを受け取った。

 日比谷線築地駅に停車中の車両に何らかの液体がまかれ、それを拭き取ったものだという。

 急いで受け取ったが、何人もの人が倒れるほどの物質だ。どこで鑑定するか迷った。

 化学物質の鑑定は、生じるガ…

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