幕末に米国へたどり着いたジョン万次郎(1827~98)に先立って、1815年に漂着してかの地に足を踏み入れた日本人がいる。愛知県西尾市の離島、佐久島生まれの船頭小栗重吉(1785~1853)。漂流は484日間におよび、「世界最長海上漂流」だったとして、ギネス世界記録に登録された。西尾市で足跡を紹介する展示が開かれている。
重吉は1813年10月、遠州灘で船で大豆を運んでいた際に嵐にあい、太平洋を漂流。1815年3月、米カリフォルニア沖で英国の商船によって救助された。
帰国を模索した重吉らは、当時ロシア領だったアラスカなどを経て、1817年に知多郡半田村(現半田市)に帰郷。計14人いた乗員のうち、生還できたのは2人だった。
西尾市民有志でつくる「重吉の会」の会長、大美俊幸さん(74)によると、2023年春にギネス世界記録登録されたことが分かった。
12人を死なせたことを悔い、藩の職を辞して…
関係者が働きかけていたところ、ギネス側の研究者が記録として認め、公式サイトに掲載された。重吉の漂流の様子を聞き取った新城藩家老による「船長(ふなおさ)日記」(新城市指定文化財)の英訳本出版などが後押しになったという。
重吉は帰国後、尾張藩から小栗姓をもらうなど厚遇されたが、船上で12人の乗員を死なせたことを悔い、藩の職を辞した。米国やロシアから持ち帰った物品を陳列する「見せ物興行」でお金を集め、1824年ごろ、船上で約束した供養塔を建てた。
大美さんは「ジョン万次郎のように通訳として華々しく活躍したわけではないが、世界最長の漂流から生還し、最初に米国を見た日本人の一人が愛知にもいたと知って欲しい」と話す。
パネルなどによる展示は市岩瀬文庫(西尾市亀沢町)で5月5日まで。無料。(前川浩之)