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白血病の闘病について語る池江璃花子さん=2025年1月7日、東京都葛飾区、小林一茂撮影

 センターレーンが好きです。

 3歳から泳ぎ始めて、高めの目標を立てては達成する。努力した分だけ記録は伸びて、気がつけば世界ランキング1位になっていました。

 そんな日常が大きく崩れたのは、2019年2月8日。白血病だと診断された時からでした。私はその直前までオーストラリアで合宿をしていました。階段を上がるのも息切れがするほど体調を崩し、緊急帰国して、その日のうちに検査を受け、仕事を終えて駆けつけた母と一緒に医師の説明を聞きました。

 競泳選手の池江璃花子さん(24)は、昨年9月、白血病の症状が消えた「完全寛解」になりました。東京五輪の金メダル候補として期待されていた18歳での突然のがん経験。その後の生き方や、パリ五輪までの道のりにどのような影響があったのか、2月4日の世界対がんデーを前に率直に語ってくれました。ロングインタビュー動画とともにお届けします。

 「急性リンパ性白血病です」

 医師の言葉を私はすぐに理解できなかったけれど、抗がん剤治療をするので副作用で髪が抜ける、と説明された時に大泣きしました。

 不思議でした。病室に戻ると、「治すしかない」と平常心を取り戻していました。同時に、「これで五輪に出場しなくてよくなった」という思いが頭をよぎりました。

 16歳でリオデジャネイロ五輪に出場し、18年のアジア大会では6冠を達成し大会最優秀選手(MVP)に選ばれ、世界ランク1位に。20年予定されていた東京五輪での活躍を期待されていました。応援は大きな力ですが、これほどの重圧がかかっていたのだと、初めて自覚しました。

 「さらに強くなった池江璃花子の姿を見せられるよう頑張っていきたい」。すぐにSNSでメッセージとともに公表しました。「もう一度、泳ぐ」という覚悟でした。

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治療中だった時の池江璃花子さん=池江璃花子Instagramから

「死にたい」 母に言った。

 実際に治療が始まると、心身…

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