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 朝日新聞阪神支局で記者2人が殺傷された事件から37年になる3日、朝日新聞労働組合は「第37回言論の自由を考える5・3集会」を開く。テーマは「令和ジャーナリズムの道しるべ」。真偽不明の情報があふれ、「ニュース離れ」も加速する時代に、メディアはどうあるべきか。登壇予定のパネリストらに聴いた。

第37回言論の自由を考える5・3集会

5月3日に開催。東京都内の会場から午後1~3時にライブ配信する。参加無料。イベントサイト(https://53asahiroso37.peatix.com/別ウインドウで開きます)から申し込みが必要で、申込者に限り5月11日まで視聴できる。問い合わせは事務局([email protected]メールする)へ。

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いま求められるのは「機能のジャーナリズム」 西田亮介さん

 阪神支局襲撃事件は日本のメディア史に深い爪痕を残しました。自由な言論を暴力で威圧し、萎縮させようとした衝撃的な事件で、いつの時代も顧みられるべきです。

 デジタル空間では、メディアや記者に対する誹謗(ひぼう)中傷、暴力をほのめかす表現、不当な要求が散見されます。それらは実際の暴力に近く、行き着く先の極端なケースが、阪神支局襲撃のような事件だと言えます。2020年代の現代とも決して無関係ではありません。

 民主主義社会には健全なジャーナリズムが不可欠です。ただ、今の日本では、その持続可能性が相当に危ぶまれています。経営環境の劇的な悪化で記者も取材拠点も減り、信頼に足る報道の基盤が傷んでいます。

 メディアは記事が読まれて初めて機能します。人々に広く読まれるからこそ権力者は緊張感を持つものなので、読んでもらえなくなれば監視機能は廃れてしまいます。今後も読まれ続けるためには、大半の人々の目に触れるデジタル空間で存在感を高めていくしかありません。

 複雑な事象や新しい現象を分析・整理し、解説を加えるなどして人々の理解を促す。そして、個々の判断や意思決定に貢献できる記事を妥当なサイズにまとめ、読者に確実に届ける。そんな機能のジャーナリズムも、今の時代に求められています。

 最近は人の感情に訴えかけるような「エピソード型」の記事がよく目にとまります。それらに必要以上に経営資源を注ぐことで、権力監視をはじめ、本来メディアが果たすべき機能を担う記事が書かれていない状況になっていないでしょうか。

にしだ・りょうすけ

1983年生まれ。日本大学危機管理学部教授。博士(政策・メディア)。政治とメディアの関係に詳しく、新聞やテレビ・ネット番組に多数出演。著書に「ネット選挙」「メディアと自民党」「コロナ危機の社会学」など。

社会を「半歩リード」する報道に期待 前田亜紀さん

 選挙をテーマに複数のドキュメンタリー映画の制作に携わりました。昨秋公開の「NO 選挙,NO LIFE」では、選挙取材歴20年超のライターが、前年の参院選東京選挙区の候補者34人全員の取材に駆け回る姿に密着しました。

 他の作品と同様に、様々な人間ドラマや選挙の裏側を知ることができると思います。選挙について「~を知るべきだ」という上から目線では人の心は動かせません。「もしご存じなければ、ぜひこの世界をのぞいてみて下さい」という姿勢で、選挙に関心を持つ人が増え、投票率が上がれば、との思いで臨みました。

 ドキュメンタリーは作り手の主観が入り込むため、報道とは異なると考えます。ただ、取材で見聞きしたことやカメラに映ったものに対して常にフェアでありたいと思います。事実をゆがめたり捏造(ねつぞう)したりするなどもってのほかです。メディアの皆さんも同じではないでしょうか。

 最近は有象無象の情報があふれ、陰謀論も含めて自分が信じたい言説を補強するような情報ばかり集めてしまいがちな状況になっています。

 新聞読者の一人としては、メディアは世の人々を半歩リードし、「分断」の橋渡しを担う存在であってほしいと思います。例えば「こんな社会になったら良いよね。そのためには……」と理想を示し、方法を提案し、みんなで考えていこうと呼びかけるような。上から目線ではなく、世の空気にただ従うのでもなく。

 賛同しない層から反発も予想されますが、メディアには、率先して社会を良くしていこうとする姿勢を見せてくれることを期待しています。

まえだ・あき

1976年生まれ。2001年からテレビ番組や映画の制作に携わる。ドキュメンタリー映画の監督作に「NO 選挙,NO LIFE」など。プロデュース作に「国葬の日」「香川1区」「なぜ君は総理大臣になれないのか」など。

カギは「クラスターのスター記者」の輩出 熊田安伸さん

 スローニュースはベンチャーのウェブメディアで、権力や大企業の不正などを独自の取材で掘り起こす調査報道に軸足を置いています。

 腕の良い記者を集め、編集者が伴走してスクープを狙います。昨年度は警察の裏金疑惑や環境汚染、政治資金問題など、大手メディアの独壇場だった分野での調査報道が実りました。これを持続可能にするシステムの構築にも取り組んでいます。

 活字メディアのデジタルコンテンツは年々充実し、記者の問題意識や取材過程を併記して説得力を高める「一人称記事」も増えました。ただ、読む・見ることに最適化した文体や画像配置、データの活用法などには改善の余地があると思います。

 コンテンツの届け方も同じで、中身は優れているのに認知されなかったり、最後まで読まれなかったりするものも少なくないと聞きます。配信先はアプリかウェブか、その先にいるユーザーの属性やニーズも踏まえ、戦略を練る必要があります。

 メディアをめぐる状況は依然厳しいです。今の時代は、デジタル空間にいる特定の関心事を持った多様な集団(クラスター)に対し、それぞれの分野に強い記者たちが、価値の高い情報をしっかりと届けられるかがカギになると考えます。

 クラスターには従来の購読者層以外の人たちも含まれるはずです。記者自身や発信情報に信頼が集まれば、受け手側と有益なコミュニティーが築けます。そうした「クラスターのスター記者」がいかに幅広く輩出し、活躍できるか。人材の宝庫である大手メディアだからこそ実現可能で、ぜひ取り組むべきでしょう。

くまだ・やすのぶ

1967年生まれ。NHKで経済事件の調査報道や東日本大震災などの災害報道に携わる。2021年にウェブメディア「スローニュース」に移り、プロデューサーに就任。NPO法人「報道実務家フォーラム」の理事も務める。

コーディネーターは水野梓・withnews編集長

 新聞、テレビ、ネット、SNS。人々が接するメディアが多様化し、一つの媒体で報じさえすれば世の中に広く行き渡るということは減りました。ウィズニュースでは新聞になじみが薄い層にもニュースを届けようと、試行錯誤しています。

 昨年、日本骨髄バンクのドナー登録者が、近い将来に激減してしまうリスクについて取材しました。新聞紙面のほか、ユーザー数がより多いヤフーニュースと連携して企画を展開し、ポッドキャスト番組などでも課題を解説しました。

 「大事なことは何度でも」。そう強く意識しています。今の記者は取材・執筆だけにとどまらず、多様な発信ツールを使いこなすスキルも問われます。

 集会のコーディネーターを務めます。この時代に必要とされる報道とは何か、その土台をどう維持していくか。皆さんと共に考えていきたいと思います。

みずの・あづさ

1985年生まれ。朝日新聞withnews編集長。朝日新聞デジタルのコメントプラスやポッドキャストも担当。

阪神支局襲撃事件と「5・3集会」

 1987年の憲法記念日の夜、朝日新聞阪神支局(兵庫県西宮市)に目出し帽姿の男が侵入し、散弾銃を放った。小尻知博記者(当時29)が左脇腹を撃たれて死亡。犬飼兵衛記者(同42)が右手の薬指と小指を失った。

 「赤報隊」を名乗る犯行声明文には「すべての朝日社員に死刑を言いわたす」「反日分子には極刑あるのみ」と記されていた。警察庁は、のちに判明した東京本社銃撃など一連の事件を「広域重要指定116号事件」とし、捜査を続けたが、2003年までに関連・類似を含む全8事件が未解決のまま時効を迎えた。

 朝日新聞労働組合は、自由な言論を暴力で封じようとする動きに立ち向かおうと、88年から「言論の自由を考える5・3集会」を続けてきた。事件を語り継ぎ、社会の課題にも目を向けながら、市民と共に言論の自由に思いを巡らす取り組みだ。

 今年も3日に開催。東京都内の会場から午後1~3時にライブ配信する。参加無料。イベントサイト(https://53asahiroso37.peatix.com/別ウインドウで開きます)から申し込みが必要で、申込者に限り5月11日まで視聴できる。問い合わせは事務局([email protected]メールする)へ。

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