【ニュートンから】科学と倫理の交差点(3)

 南アフリカ共和国のオスカー・ピストリウス選手をご存じでしょうか。両足が義足の陸上選手であり,2008年の北京パラリンピックなどで金メダルを獲得しました。その後,2012年のロンドンオリンピック(男子400メートル走および男子4×400メートルリレー)にも出場を果たしました。義足の陸上選手としてはじめて,パラリンピックとオリンピックの両方に出場したのです。

 ただし,オリンピックへの出場に関しては多くの議論をよびました。その一つが,「高性能な競技用義足が一種のドーピングに該当するのではないか」というものです。高性能な義足は,通常の人体よりも大きな推進力を生み出す可能性があり,健常者よりも有利なのではないかという指摘です。

写真・図版
パラリンピックなどでは,手足などに障害をもつアスリートたちがときに義肢(義足・義手)を装着して,陸上競技などにいどみます。(写真はイメージです)

 この問題の背景には,「エンハンスメント」の存在があります。エンハンスメントとは,医学や科学の力を使って,通常以上の能力を得ようとすること,あるいは治療をこえて医療技術を利用することを指す言葉です。通常のトレーニングではつかない筋肉を薬物の力でつけたり,競技前に集中力を高めたり心拍機能を向上させたりする薬を服用すること,すなわちドーピングはエンハンスメントの一種だといえます。

 スポーツのドーピングには一定の線引きがあります。使ってはいけない薬物や用具がルールで規定されており,それに違反しないかぎりは,エンハンスメントであっても,ドーピングではありません。陸上選手がはいている高性能なシューズは,裸足とくらべたらエンハンスメントだといえるかもしれませんが,ドーピングではありません。ただし陸上の国際大会では,シューズの底の厚さなどに規定があり,それをこえたら違反(道具ドーピング)です。

 パラリンピックで使用する義…

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