快晴の日差しの下、和歌山市加太の港のアスファルトに茶色のつるのようなものが広がっている。通りかかった人が「これ何ですか」と尋ねると、地面にまくようにして広げていた漁師の幸前栄治さん(53)が「ひじきですよ。天日干しです」と、答えた。
長いもので2メートル近くある。記者はひじきがこんなに大きく成長する海藻だと知らなかった。
干されたひじきはすべて、この日に幸前さんたちが海から採ってきたものだ。漁は手作業。ウェットスーツに水中眼鏡をつけて海に入る。泳いで群生に分け入り、鎌で刈り取って腰から縄で結びつけたおけに入れていく。おけがいっぱいになったら船に戻ってコンテナに移し、空になったおけを引っ張ってまた群生の中へ。午前中の数時間、3人の漁師で刈り取りの作業を繰り返し、40~50キロ入るコンテナ46個がいっぱいになる。「簡単なもんや」と幸前さん。でも、体が資本の「体力仕事」だ。
漁に出られるのは雨や風のない晴れた日だけで、5月の半ばまで続く。
加太のひじき漁には約束事がある。ひじきの新芽の漁は1月から始まるが、船を使わず泳いでいける範囲で行い、刈り取ったひじきは担いで帰ってこなくてはならない。
4月以降は船で漁に出てよいが、午前8時半に一斉に出港し、正午までに戻るのが決まり。ひじきを採りすぎず、加太の資源を長く守るために漁師の間で決めた約束だ。
正午前に船が山盛りのひじきを積んで帰ってくると、家族も合流して港で天日干しの作業をする。夕方にいったん倉庫に取り込み、翌朝午前5時半から再び干す。2日かけてからからに乾いたひじきを出荷する。
「加太のもんしか食べてないよってにね。どううまいのかよくわからん」。幸前さんは謙遜するが、旅行先などで県外のひじきを食べると、「加太のひじきは味が濃い」と感じるという。
漁師や家族の皆さんに、自宅でどう食べているか聞いた。定番の煮物だけでなく、「オニオンフライの上に載せてごまドレッシングをかける」「細切りしたキュウリやニンジンとあえてサラダに」など、食べ方もいろいろだ。
記者は自宅でポン酢とマヨネーズで水菜とあえたサラダと、天ぷらを作ってみた。加太のひじきは太い。かみしめたときにしっかりと甘い。「これがひじきか」と実感できるおいしさだった。
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加太の乾燥ひじきは、地元の乾物店や土産物店のほか、農産物直売所やスーパーマーケットで販売されている。(榊原織和)