イラスト・ふくいのりこ

 認知症の治療の難しさは、「どこまで続けるのか」という点にあります。初診からお見送りするまでが理想ですが、体調から受診できなくなる人もいて、判断に悩みます。そんな時にも「本人の自己決定を大切にしなければならない」と痛感した事例を今回は紹介します。個人情報保護のために事実の一部を変更し、仮名でお送りします。

12年目の課題

 アルツハイマー型認知症の診断を受けた古沢圭吾さん(88)は76歳の頃、内科医院の紹介で、私の診療所にやってきました。

 経過は良く、海馬の変化は少なかったため、大阪府北部にある自宅から大阪市内の当院まで電車を乗り継ぎ、受診を続けることができました。

 私の診療所は大阪市の認知症疾患医療センターであるため、診断をつけた後には地域の「かかりつけ医」もしくは「認知症サポート医」の医師に普段の診療をお願いしなければなりません。地域包括ケアとして何かあった場合にも、介護や福祉、医療や地域のボランティアなど、「支えの輪」が30分以内に連携できる態勢を作ることが大切だからです。

 ところが古沢さんは、どういうわけか私と話しながら病気と向きあうことが、ご自身のリズムにピッタリ合ったためでしょうか。地域の医療機関に紹介したいという私の申し出を断り続けました。

 「先生と会うのが闘病の基本になっているから、それを壊してほしくない」と彼は言い続け、そのような受診形態が12年目を迎えることになりました。

突然の転倒と骨折

 冬のある日、自宅の階段から…

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