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震災遺構・大川小学校での語り部活動=宮城県石巻市

 東日本大震災の記憶と教訓を次世代につなぐ震災伝承が、危機に瀕(ひん)している――。3.11メモリアルネットワーク専務理事の中川政治さん(48)はそう訴える。大きな要因は、行政の中に「伝承」が位置づけられておらず、制度や財源が整えられていないことだ。伝承活動に長く携わってきた中川さんに聞いた。

中川政治さん略歴

 なかがわ・まさはる 京都市出身。国際NGOスタッフとして海外で被災地・難民支援に従事。東日本大震災後、宮城県石巻市に移り住み、伝承活動に携わってきた。公益社団法人の3.11メモリアルネットワーク(石巻市)専務理事。

 第2期復興・創生期間が終わる2025年度末で「伝承の崖」がくると、心配しています。各地の震災伝承団体はこれまで、心の復興事業や復興支援員など、省庁の補助制度を使ってきましたが、これらが打ち切られる可能性が高いからです。私たちのアンケートに、多くの団体が「継続に不安を感じる」と答えています。

 そんな中で、被災3県の県営伝承施設は、来館者数が減少に転じています。団体の解散や民間施設が閉館する例も出ています。

災害対策基本法に記された政府の役割

 災害伝承が大事だということは、国の方針に明示されています。

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中川政治さん

 震災の年、政府の復興構想会議がまとめた提言は、復興構想7原則の最初に「教訓を次世代に伝承し」と掲げました。翌12年には災害対策基本法が改正され、住民の災害伝承活動を支援することが、国や自治体の努力義務とされました。

 私は、東日本大震災の伝承は、国の復興予算でもしっかり支えてほしいと考えます。復興庁は「教訓継承」事業として毎年度1億円ほどを計上していますが、主に復興政策の経緯や課題を伝える事業のこと。教訓の意味がすり替えられ、矮小(わいしょう)化されている。東京五輪や大阪・関西万博での発信にもお金をかけていますが、中心は「復興した姿」の発信で、「教訓の伝承」とはずれているようです。

「伝承そのものには金出さない」復興庁

 私たち伝承団体への補助金も、被災者の心の復興に資するとか、コミュニティー構築といった名目です。復興庁は「災害伝承そのものにはお金を出さない」姿勢なんです。

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伝承施設「いわてTSUNAMIメモリアル」の展示=岩手県陸前高田市

 自治体はどうか。

 各県や市町村は震災後、教訓伝承の新しい部署や担当者を置きました。ただ、多額の復興予算が今後も見込める福島県は別として、宮城、岩手両県は施設運営費を除いた伝承・復興発信の関連予算は、年数千万円と少ない。震災では避難対策の不備などがあり、行政が批判されました。教訓に正面から向き合いにくいのでしょうか。

 伝承活動を公的にしっかりと支えてきた前例はあります。

 阪神・淡路大震災後の02年、国と兵庫県とで神戸市に「人と防災未来センター」を開館しました。展示に毎年50万人以上が訪れ、防災を担う人材育成や研究にも力を入れています。運営費の半分は内閣府が出している。

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阪神・淡路大震災後にできた「人と防災未来センター」=神戸市

 被爆地・広島もそうです。平和記念資料館などの施設運営と被爆体験の継承事業に、広島市と厚生労働省が予算をつけ続けている。その蓄積があるからこそ、被爆者のメッセージは80年後も世界の人々に届いています。

 東日本大震災で失われた命の多くは「人が救えた命」です。ふだんから津波避難に備えていれば。あのとき「逃げろ」と声をかけていれば。後悔を胸に、当事者たちが語り部となり、我が身を削って教訓を伝えてきた。手弁当では先細ってゆくばかりです。

「伝承推進員」の配置を

 震災遺構や展示館を整備して終わり、ではない。人が伝えることに、継続的な財政支援をすべきです。

 私は、復興庁が「伝承推進員」のような制度をつくり、被災3県に配置することを提案しています。同庁が存続するあと数年の間、推進員が連携して民間伝承団体が持続できるよう環境を整備する。その後も必要な施策があれば、新設の防災庁などに引き継ぐ。

 「語り部」は、聞く人に避難を促す確かな力を持つ。加えて、災害で多くを失った方々が自ら災害に向き合い、伝え続けることが、やりがいや救いになるのではないか。防災・復興行政の中に、その役割を位置づけてほしいのです。

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