パリ五輪の会場で銀メダルを手にする佐藤大宗選手=2024年8月10日、パリ、柴田悠貴撮影

 オリンピックへの道は、船酔いから始まった――。パリ五輪の近代5種で銀メダリストに輝いた、佐藤大宗(たいしゅう)選手(31)。日本代表で初の快挙を成し遂げたが、それまでは失敗や挫折の連続だった。「今があるのは、最悪だった時期のおかげ」と打ち明ける。山あり谷ありの歩みを聞いた。

夢をかなえた、夢に向かう、夢を与える……。そんな東北にゆかりある人たちの活躍を、ロングインタビューでお届けします。

水泳以外は初心者から、メダリストへの道

 ――海上自衛隊に入ってすぐ、「失敗した」と思ったそうですね。

 「高校まで水泳選手だったので、泳ぎを生かせると思って入隊したんです。ところが、護衛艦に乗ったら船酔いがひどくて。治らなくて悩みました。ちょうど、教官から近代5種を勧められていたので、『選手になって人生を変える』と気持ちを固めたのです」

 ――自衛隊体育学校では、エリートでしたか?

 「いやいや。近代5種は、馬術、水泳、フェンシング、レーザーラン(射撃とランニング)があるのですが、水泳以外は初心者。特にメンタルが弱くて、短気でした。たとえば、フェンシングで相手の攻撃が偶然に決まると、カッとなって切れたり、射撃で的を外すとイライラしたり」

射撃の練習をする佐藤大宗選手=2024年12月19日、東京都練馬区の自衛隊体育学校、渡部耕平撮影

 ――どうやって克服したのですか。

 「2018年に右足のけがでリハビリをしていた時期に、コーチからメンタルトレーニングを教わったのです。怒りそうになったら、下を向いて黙って5秒待つ。その練習をくり返すと、気持ちを落ち着かせられるようになり、成績も安定してきました。途中で負けていても焦らず、『まだ全部は終わっていない。何とかなる』って思えるようになったのです」

東京五輪は役員参加「とは言っても……」

 ――ところが、21年の東京五輪の代表には選ばれませんでした。

 「選考会で落ちたときは心が…

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