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これは飼育用の設備じゃない、拘束用の設備だ――。宮崎県内の養豚場で働いていた女性は、ずらりと並んだ「ストール」のなかで身動きできない母豚たちの姿を見て、そう感じたと言います。
人に食べられるために、子を産む母豚たち。人に食べられるために、成長する子豚たち。皆さんは豚肉を食べるとき、その豚がどんなふうに生きたか、考えてみたことはありますか?
アニマルウェルフェア(動物福祉)への配慮が世界的な潮流となるなか、その流れに大きく取り残されているとされる日本の畜産。なかでも養豚業はどうアニマルウェルフェアに向き合っているのか、現場を取材しました。4回にわたり報告します。
現場へ! 豚の「福祉」に向き合う(1)
瀬戸内海に沿って走る予讃線の駅を降り、南へ車で十数分。愛媛県内の山の斜面にその養豚場はあった。2019年3月までにここで数十頭の豚が飢え、衰弱して死んだ。
経営者の親族の男性が事態に気付いた時、糞尿(ふんにょう)が堆積(たいせき)し、死んだ豚の骨や皮があちこち転がるなかに、まだ30頭余りが生き残っていた。うち十数頭は子豚だった。だがエサも水もろくに与えられていない。みな骨格がわかるほどにやせ細っていたという。
24年10月、親族の男性の案内で養豚場を訪ねた。斜面に6棟の豚舎が立ち並んでいた。「多い時には年に1千頭ほど出荷していたんですけど」。男性はつぶやき、無念そうに豚舎を見上げた。最も公道に近い豚舎をうかがうと、壁か天井が破れていて、秋の陽光が差していた。大きな豚の骨が、まだあちこちに残っているのが見えた。
地元の家畜保健衛生所は19年6月に立ち入り調査をした。愛媛県として状況を確認したはずだが、事態は改善されなかった。家畜伝染病予防法が家畜の所有者に義務付ける衛生状況などの定期報告は、21年2月を最後になされていない。愛媛県によれば以降、養豚場は廃業したという。
「生き物と思わない」業界の実態
まるまると太り、ついには人間に食べられるのが、豚たちの「役割」のはずだ。それなのになぜ飢え、衰弱死しなければならなかったのか。
養豚場の経営者を動物愛護法…