能登のシンボルとも称される、石川県珠洲市の景勝「見附島(みつけじま)」。船が海に浮かんだような外形から「軍艦島」の愛称で親しまれてきたが、能登半島地震で崩れ、形は大きく変わってしまった。地震前から銭湯の背景画に見附島を描き続けてきたのが、銭湯絵師の中島盛夫さん(79)だ。「頭の中には見附島の姿がはっきりと残っている。描けるだけ描いていきたい」と話す。
そびえ立つ大きな富士山のそばに、描き慣れた見附島を浮かび上がらせる。5月15日、大阪市東住吉区の「みどり温泉」。中島さんは男湯と女湯の二つのキャンバス(縦2メートル、横3メートル)に約5時間かけて描き上げ、「描いたときはいつも一番の出来よ」と笑顔を見せた。
中島さんは銭湯で絵を描き始めて60年。これまで国内外で1万枚以上を描き続けてきた。国内で活動する銭湯絵師は、中島さんと、独立した元弟子の2人だけという。
中島さんが見附島を知ったの…