初対面のプロデューサーに、いきなりこんな相談を持ちかけられました。
結婚はしたけれど、妻は初恋の人が忘れられない、というラブストーリーで、普通に考えたら妻が悪いのだけど、夫を「悪役」にして説得力をもたせるにはどうすれば良いか……。
旧知の間柄ならともかく、いきなり核心の話を切り出されたのです。面食らいましたが、そのTBSの貴島誠一郎さんは脚本家や俳優らと腹を割って語り合い、作品を練り上げる真摯(しんし)な方でした。
それが僕には良かった。少し前、映画「あふれる熱い涙」で脚本の手直しを担い、物語の構造をどう解釈するかという作業に没頭していたからです。貴島さんがこしらえた座組みに加わり、脚本家をはじめ美術部に至るまで話し合い、背景を分かち合いました。
1992年7~9月に放送されたテレビドラマ「ずっとあなたが好きだった」はこうして産声を上げました。オープニング曲のサザンオールスターズの「涙のキッス」とともに記憶されている方も多いと思います。
当時、フジテレビの連続ドラマがたいへん人気がありました。トレンディードラマともてはやされ、バブル経済を背景にした若い男女の、おしゃれな恋愛模様やリッチな暮らしぶりに僕は違和感がありました。正直言うと反発心もありました。ラブストーリーをつくるなら社会と切り結んだ作品にと思いを巡らせました。
92年といえば、かのバブル経済が弾けた直後。戦後ニッポンの様々な価値観が揺らいできた時代です。
学歴、有名企業への就職、経済成長への信奉……。そして旧来の結婚観。あらわになってくる社会のきしみやひずみを、悪役の夫を通して逆照射できないだろうか。そんな試みをしてみたのです。結果として「桂田冬彦」はどうにも母親離れができず、この男なら妻が逃げ去っても仕方ないとの設定に力を得ました。
冬彦は奇行が目立ち気味悪がられていましたが、父親不在の設定により母の過剰な愛情から逃れられないという、戦後の男性の在り方を問い直すものでもあったのです。高学歴、高収入、高身長と条件が整った三高のエリート銀行員でありながら、移ろいゆく時代の波に乗っていけない。新婚の妻にも心を閉ざしてしまい、信じられるのは過保護の「ママ」だけです。
実はかなしい男
「こんな世の中だから、こんな男になってしまったのか」。何とも言えない、かなしみを感じさせる存在でした。そのような背景に共感してくださる方も少なくなかったと思います。
とはいえ、冬彦は賀来千香子さん演じるヒロインの夫で、4番手の脇役。視聴率も、序盤はそれほど良くはありませんでした。
ただ、じわじわと不穏な空気…