塩田に海水をまく浜士の浦清次郎さん=2024年4月25日午後1時9分、石川県珠洲市清水町、金居達朗撮影
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 約50メートル沖まで隆起した海岸の先までホースを延ばし、ポンプで海水をくみ上げる。

 石川県珠洲市清水町の国重要無形民俗文化財「能登の揚浜式製塩の技術」を受け継ぐ「奥能登塩田村」浜士の浦清次郎さん(55)は、時折笑顔を見せながら、塩田に海水をまいていた。

 珠洲出身の浦さんは、11年前まで金沢市などで運送会社に勤めていたが、前浜士の登谷良一さんに誘われ、製塩や道の駅を営む「奥能登塩田村」に入社した。昨年4月、登谷さんが亡くなり、浜士として製塩技術を受け継ぐことになった。

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 能登半島地震で、塩田は陥没や亀裂が入るなど損壊した。すぐそばの海底が隆起し、海水をくむためのポンプも使えなくなった。浦さんも地震後、同市仁江町や大谷町などで避難生活を送った後、1月末に2次避難のため富山県に移った。

 被害の大きさに、「塩田村」では今年の製塩をどうすべきか葛藤があったという。だが「地域の雇用を守りたい」と、今年も製塩に挑むことにした。

 地元に帰れないままの従業員もいるが、浦さんは4月になって富山から戻ってきた。被害の小さかった塩田を使い、生産を目指す。

 浦さんは、「これまで伝統を絶やすまいとやってきた。今年も塩を完成させてお客さんに届けたい」。

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