「古民家食庵 伝法寺庄」でそば打ちを担当する船木陽子さん=2024年9月12日午後8時2分、福岡県築上町伝法寺、田中久稔撮影

 築140年超の古民家で郷土料理が楽しめる福岡県築上町のレストラン「古民家食庵 伝法寺庄(でんぼうじのしょう)」が21日、2年ぶりに営業を再開する。運営する住民グループの高齢化やコロナ禍で休止を余儀なくされていた。再開の決め手は、町に移住した新たな仲間の参加だった。過疎の集落に希望の光がともろうとしている。

 町中心部から車で15分行くと、谷間に田畑が広がる伝法寺地区につく。住人は約200人。この5年で1割減り、高齢化率は町全体より19ポイント高い約58%に及ぶ。

 店は古いれんが塀に囲まれ、看板もない。集落に溶け込み、隠れ家の趣も漂う。屋号は、一帯が平安時代に宇佐神宮の荘園として伝法寺庄と呼ばれたことにちなむ。

 営業再開を前に12日夕、関係者を招き内覧会があった。新たなメニューの準備も進む。

 約2360平方メートルの敷地に木造の主屋など4棟が立つ。客間に使われている主屋は1880(明治13)年に建てられ、1916(大正5)年に増改築された。

 中世にこの地域を治めた宇都宮氏の重臣の子孫で、地元の名士として開業医などをしていた竹内家の住まいや医院だった。最後の当主である竹内重利氏が生前の2015年8月、土地と建物を町に寄付。町は保存と活用に向け国交付金を充てて約2千万円で改修し、大正時代の姿に戻した。地域おこしに取り組む伝法寺地区の住民グループ「文殊会」(約20人)が指定管理者になった。

 文殊会は17年3月、郷土料理を出すレストランをオープン。金~日曜日の営業で年3千人ほどが訪れた。

 だが、メンバーのほとんどが70歳を超え、次第に切り盛りの負担が増した。そこにコロナ禍による客の激減が追い打ちをかけた。22年9月末から休業した。

 「店を閉めて、寂しい雰囲気になった」と会長の椎野洋文さん(74)は振り返る。会は建物の管理を続けつつ、再開の道を探った。

 最大の課題は担い手の確保だった。

 白羽の矢が立ったのが、10年前から隣の集落に住む船木陽子さん(56)。「ここで何かせん?」。今年1月、船木さんに持ちかけた。

 船木さんは、人口減少が進む地域で特産品づくりなどに取り組む地域おこし協力隊員として千葉県からやってきた。町が初めて受け入れた協力隊員で、3年の任期を終えた後も、自然や風土が気に入り定住した。町内でイノシシやシカなどを捕る猟師をしながら、豊前市の獣肉処理加工施設に勤めている。

 協力隊の活動を通じ、地域外に向けた発信や人を呼び込む仕掛けが必要と感じていた。そばが好きで、町でそば打ち教室も開いた腕前だ。「そばを出すのはどうですか」と呼びかけに応じた。

 文殊会は伝法寺地区以外に住む人も参加できるよう規約を改め、船木さんを招き入れた。仲間が増えた会に活気が戻った。船木さんが普段の勤めも続けられるよう、営業は土日の昼のみで再開することにした。

 地元で「智恵の文殊様」の呼び名で親しまれる正光寺境内のわき水をくみ、より抜きの国産粉で十割のそばを打つ。めんつゆもだし取りから手作りだ。今の時期はみやこ町産のそば粉を使っている。地元でとれた季節野菜の天ぷらと、8品の郷土料理を合わせて提供する。

 料理の一つ、イワシのぬか炊きで使うのは、調理担当の浅野喜代美さん(72)が自宅で半世紀以上守ってきたぬか床だ。「田舎の食材を生かした料理でお客さんに喜んでいただきたい」

 以前は客が畳に座って食事をしたが、町は高齢者が利用しやすいようイスを導入し、テーブルも新調した。船木さんらの提案で、町内で伐採されたヒノキ材を使った特注品だ。

 製造した豊築森林組合の神崎史享さん(49)も近くの集落で生まれ住む。「ふるさとから人がいなくなるのは見たくない。地域のくらしを守りたい」

 船木さんは「何もないけど、気持ちが浄化される場所です。心を込めた料理を食べて、ほっこりしてほしい」と話す。

 メニューは「文殊そば御膳」(税込み1800円)。営業は土日の午前11時半~午後3時。2日前までに予約が必要。電話090・7391・9700(月~金の午後1時~午後5時と土日の午前9時~午後5時に対応)。(田中久稔)

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 〈地域おこし協力隊と定住〉 協力隊は地域ブランドの開発や農林水産業に従事しながら、その地域への定住・定着を図る。福岡県内市町村では2010~22年度に計248人の隊員が活動を終え、このうち23年5月時点で100人(40.3%、全国52%)が同じ市町村に定住。57人(23%、同12.9%)は県内で定住している。一方、45人(18.2%、同22.2%)は県外に転出した。

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