Aーstories 「世界競争」の始まり(1)

日本で初めて生まれたeGenesisの遺伝子改変ブタ=長嶋比呂志・明治大教授提供

 2024年2月11日、日本国内で3頭のブタが誕生した。

 全身の毛はまだ薄く、自力で立てない弱々しい姿――。外から見れば、ふつうのブタの赤ちゃんと変わりはない。だが、そこには大きな違いがあった。

 臓器をヒトに移植するために、遺伝子改変されている。日本で初めて、ヒトへの移植までを想定した「遺伝子改変ブタ」の誕生だった。

 種の違いを越えて臓器を移植する「異種移植」。「日本での臨床応用に、ようやく現実味が出てきた」。3頭のブタを誕生させた明治大農学部教授の長嶋比呂志はそう話す。

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ブタは人類を救うのか? 開発は国際競争に

重い心臓病の患者にブタの心臓が移植され、その後、患者の体内で60日間拍動を続けたーー。2022年1月、米国から発せられた報告は、世界中で驚きをもって受け止められました。それから2年。その後もブタ臓器のヒトへの移植は相次ぎ、日本でも、異種移植をめざして遺伝子改変されたブタが誕生しています。世界的に臓器の不足が課題となるなか、ブタがドナーとなる日は、本当にやってくるのでしょうか。

 臓器移植は、病気などで機能が落ちたり失われたりした患者に、ほかの人の臓器を移植する医療だ。1980年代以降、免疫抑制剤などの進展を背景に、臓器移植の実施例は増えた。

 一方で、臓器が足りず、移植を待つ患者も急増した。

 世界で最も移植が盛んな国の一つである米国でも、移植の待機リストには、近年、約11万人が名を連ねるが、年間で移植が受けられるのは約4万人にとどまる。

 そこで長年、注目されてきたのが、動物の臓器を使った異種移植だった。なかでも、ブタに熱い視線が注がれた。

 ヒトと臓器のサイズが似ている。一度に多くの子どもを産み、成長も早い。人間の食用に育てられてきた長い歴史もあり、インスリン製剤や心臓の人工弁の材料などの医療用としても、ここ100年ほど使われてきた。

 霊長類など希少な動物に比べて臓器の利用が受け入れられやすいとの見方もある。

拒絶反応を克服 カギはゲノム編集

 ただし、ブタの臓器をヒトに入れると、ヒトの免疫が異物と認識し、一瞬で拒絶反応が起きる。

 この課題を乗り越えるためのブタの開発競争が、90年代から始まった。

 豪州のベンチャーでブタの研究をしていた長嶋が異種移植の研究を始めたのも、この時期だ。その後、大阪大から声がかかって帰国。99年、明治大に移って研究を進めてきた。

 世界で初めて遺伝子改変ブタの誕生が報告されたのは、2002年。米国の企業によるものだった。その約4年後、長嶋ら日本の研究チームも同様の報告をした。

 これらのブタは遺伝子を1~2個改変していたが、それだけでは移植時の拒絶反応を解決できなかった。

 20年近く研究の停滞期が続く。転機になったのは、ねらった遺伝子を改変できる技術「ゲノム編集」だ。

 拒絶反応の原因となっているブタの複数個の遺伝子をねらって壊し、さらにブタにヒトの遺伝子を組み込む。

 長嶋も17年、同大発のベンチャー「ポル・メド・テック」を立ち上げた。

 日本では、移植を待つ人は約1万6千人いるが、実際に受けられるのは年間500人ほど。ほかの先進国と比べ、圧倒的に少ない。異種移植で命を救おうと、ゲノム編集を使って遺伝子改変ブタをつくることをめざした。

 だが米国は、そのはるか先を進んでいた。

 21年9月、ニューヨーク大学でブタの腎臓を脳死のヒトに移植し、機能するかを確かめる研究が実施された。54時間で観察は終えたが、大学は「拒絶反応の兆候はなく、ヒトの腎臓移植の場合と同じように機能した」と報告した。

 そして22年1月。メリーランド大学で、心臓病の患者にブタの心臓が移植された。

 男性は60日後に亡くなったが、世界中で報道され、大きな衝撃をもって受け止められた。

 「知らない間にここまで来てたのか」。長嶋も、例外ではなかった。

 米国の移植で使われたのは、米ベンチャー「Revivicor(リビビコール)」が開発した遺伝子改変ブタの心臓だ。4個のブタの遺伝子の機能を失わせ、6個のヒトの遺伝子を組み込んでいる。

 ヒトに移植するまでに、サルへの移植など、膨大な実験データを積み重ねていた。

 「日本での臨床応用を急ぐ。ブタの独自開発に固執すべきではない」

 長嶋らは、15個の遺伝子を操作する遺伝子改変ブタをつくる研究を進める一方、22年秋以降、米ベンチャーに共同研究を持ちかける交渉を始めた。

■「細胞もらえたら、日本でつ…

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