
1995年3月20日。
東京・霞が関の警視庁本部の隣に立つ庁舎に入る科学捜査研究所。
研究員の大下敏隆(62)にとって、その日もいつも通りの朝だった。
通称「科捜研」。警察が押収した証拠品の分析がおもな任務で、薬剤師の資格を持つ大下の専門は薬物の鑑定だ。
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午前8時半。更衣室で作業着に着替え、白衣をまとうと、上司たちの声が聞こえた。
「地下鉄のあちこちで人が倒れているらしい」
すぐに声がかかった。
「大下君、現場から不審物が届く。鑑定の準備をしろ」
約10分後、部屋に駆け込んできた白バイ隊員から、何重にもポリ袋が重ねられたモップを受け取った。
日比谷線築地駅に停車中の車両に何らかの液体がまかれ、それを拭き取ったものだという。
急いで受け取ったが、何人もの人が倒れるほどの物質だ。どこで鑑定するか迷った。
化学物質の鑑定は、生じるガ…