写真・図版
囲碁を教えていた時期の大沢さん(右)と一力さん。一力さんが手に持つ本は「発陽論(はつようろん)」という難解な江戸時代の詰碁集。大沢さんは「当時から彼は詰碁が大好きで、毎週、新しいひねった問題を宿題にしていた」と懐かしむ=大沢さん提供

 囲碁先進国の中国、韓国の棋士に勝利して世界一となった一力遼さん。まだ5歳の一力さんを見てその才能を「ギフテッドだ」と見抜き、最初の師匠となって指導したのが大沢伸一郎さん(45)だ。プロ棋士に勝ったこともあるアマチュアの強豪で、東北大学病院の脳神経外科医でもある。一力さんの強さの理由、圧倒的な才能をどのように育てたか、天才ゆえの強さと弱さを聞いた。

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夢をかなえた、夢に向かう、夢を与える……。そんな東北にゆかりある人たちの活躍を、ロングインタビューでお届けします。

 ――4年に1度の開催で囲碁のオリンピックと呼ばれる「応氏杯」で優勝し、一力さんは世界一になりました。

 「まったく驚きませんでした。世界一になると思っていましたから。そう思わせるだけの才能が彼にはありました」

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 ――一力さんは天才ですか。

 「彼が囲碁を始めて間もない5歳のころ、僕が囲碁を教えていた『今、子供たちと碁を!宮城の会』に来たのが最初の出会いです。彼が最初に行った囲碁教室では、数カ月で相手がいなくなったそうです」

 「『宮城の会』は、仙台市の中でも囲碁の強い子が集まる囲碁教室でした。ですが、その中でも彼は圧倒的だった。生まれながらの天才、ギフテッドです」

 「出会ってすぐに圧倒的な才能に気付き、『社会の財産』だと感じました。それから今に至るまで、彼よりも処理能力の高い人間をみたことがありません」

「あまりに早く強くなるので……」の指導法

 ――具体的にどういうところがすごいのでしょうか。天才を象徴するエピソードなどは

 「私の誕生日を言うと、瞬時…

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