「猫を残して自分だけ入院はできない」
川崎市内の団地で一人暮らしをしている80代女性は、かたくなにそう訴えた。
体調を崩して救急搬送され、緊急入院が必要な状況だった。2021年3月のことだ。
この女性の通院の付き添いや要介護認定のサポートをしてきた地域包括支援センター「虹の里」センター長の内井義行さん(61)は、戸惑いながらも、懸命に説得した。
「猫ちゃんはこちらでなんとかしておくから」「まずは体を治して」
自らも保護犬を飼っている内井さんには、「猫を残していけない」という女性の気持ちが痛いほどわかった。
親身な内井さんの言葉を受けて、ようやく女性は入院に応じた。
頼れる家族がそばにいない独居の高齢者のなかには、家族同然の犬や猫と暮らす人が数多くいます。人を支援する福祉関係者が、ペット対応に苦慮する事態が相次いでいます。高齢者福祉とペットについて考えます。
それから約1カ月半。内井さんは、えさやりや猫用トイレの掃除のために、休日や昼休みの時間を使って、女性の部屋に通った。出入りは、キーボックスに保管した合鍵を使った。
公的な介護保険のサービスでは、ペットの世話は認められていない。まったくのボランティア活動だった。
女性の愛猫の名前は「たまこ」。
家の前に捨てられていた子猫を引き取り、長く飼い続けてきたと聞いた。女性にとっては家族と同様の存在だった。
たまこは最初、押し入れの天袋に隠れていて、姿を見せると内井さんを威嚇することもあった。だが何度も通ううちに徐々に慣れてきた。
女性は、その年の4月下旬に退院し、愛猫との暮らしが再び始まった。これで一件落着のはずだった。
ところが、約1カ月後に再び女性の容体が悪化、数日後に急逝してしまう。
残された、たまこ。
女性は独身で子どもはいない…