写真・図版
文吉湾の断崖の上でくつろぐオジロワシのつがい=2024年8月18日午後0時12分、北海道斜里町の知床岬地区
  • 写真・図版
  • 写真・図版
  • 写真・図版

 知床世界自然遺産の「核心部」ともいわれる知床岬。希少種オジロワシや植生の再調査を求められ、中断している携帯電話基地局の工事現場はどうなっているのか。8月18日、日本弁護士連合会の弁護士の現地視察に同行した。

 弁護士は日弁連公害対策・環境保全委員会のメンバー5人で、計画が自然公園法などの法令に抵触していないかの確認が目的。ガイド役としてオジロワシ研究者の白木彩子・東京農大生物産業学部(網走)准教授、北海道自然保護協会の在田一則会長らが同行し、ウトロ漁港から遊漁船で知床岬西岸の避難港「文吉湾」に上陸した。

 記者が岬に上陸したのは10年ぶりで、その時は外来植物の取材だった。港周辺も海岸線の断崖の上に広がる台地も、当時と同じ雄大な景色が広がっていたが、林内にはミミコウモリ、台地の草地には外来種のアメリカオニアザミがあちこちで見られ、エゾシカが食べない植物が当時より増えた感じがした。

□■

 知床岬一帯は知床の原生的環境の核心部で、自然遺産登録前から自然環境や景観が厳格に守られてきた。動力船による一般利用者の上陸は原則禁止で、歩きかカヤックなど自力でたどり着くしかなく、それが達成感や魅力につながっている。

 そんな知床岬に携帯電話の基地局が計画された。今年度中にサッカーコート並みの太陽光パネル設備(パネル264枚)や2キロに及ぶケーブルが地中に埋設され、来春には供用開始の予定だった。その工事は5月の大型連休明けから本格的に始まった。

 岬に上陸する人たちの写真や情報から、資材や機材は文吉湾に洋上搬送され、5月下旬には港の周りで掘削機などの重機が組み立てられた。プレハブの2階建て事務所と宿泊施設も建てられ、台地までの急斜面には運搬用のモノレールが出来上がった。

 だが、6月上旬に開かれた知床世界自然遺産地域科学委員会の緊急会議でオジロワシへの影響など「再調査が必要」との指摘を受け、工事は中断。再開のめどがつかず、8月にはすべて撤去された。

□■

 オジロワシにも出合った。岬先端付近の海岸の岩場の上には若い個体が、文吉湾の断崖の上ではつがいが寄り添い、まさに知床岬本来の姿がそこにあった。

 白木さんは「若い個体は昨年生まれのよう。2つがい以上が事業予定地周辺を利用して繁殖している可能性がある。影響評価調査はその可能性を十分に考慮して実施する必要がある」と言った。

 太陽光パネル設備の予定地や知床岬灯台まで続くケーブルの敷設ルートには目印の杭が何本も打たれたまま。それが、あくまで「中断」という状況を物語っていた。

 文吉湾へ向かう船上では、携帯電話の通信状況を確かめた。港を出て数十分後にはau、ソフトバンクは圏外に。2022年4月、小型観光船「KAZUⅠ(カズワン)」が消息を絶ったカシュニの滝付近で通じたのはドコモだけで、事故の時と状況は変わっていなかった。

□■

 意外だったのはドコモが不安定ながら知床岬の台地でも通じたことだ。主に岬先端部より西側だが、岬を知る人たちから「それは以前から」と教えられた。持参した衛星携帯電話は林内などを除きほぼ通じた。

 夏の観光シーズンは終盤だが、知床半島西岸のウトロから岬近くまでは今年度中に、各社の携帯電話が通じるようになる計画だ。(奈良山雅俊)

共有