写真・図版
映画「ラストマイル」のポスター=東京都港区

英文学者・河野真太郎さん寄稿

 みなさんは最近、よく眠れているだろうか。一日が終わって体を横たえたときに、一日が終わったような気がしない、またはこの就寝はすでに次の日の始まりであるというような感覚があって、ぐっすりと眠ることができない。そのような人は少なくないのではないだろうか。

 それは必ずしも、あなた個人の身体的な問題ではないし、ましてや自己管理の問題でもない。あなたが眠れないのは、この社会全体がそのように出来上がっているからだとしたらどうだろう。

 それをよく分からせてくれたのが、野木亜紀子脚本・塚原あゆ子監督のタッグで撮影され、現在公開中で大きな話題となっている映画「ラストマイル」であった。TBSドラマの「アンナチュラル」と「MIU404」をヒットさせたこのタッグが、この二つのドラマと「同じ」世界線で物語を展開する「シェアード・ユニバース」というアイデアの話題性もさることながら、この映画が多くの観客をひきつけている理由は、オンラインショッピング・サイトの発送倉庫(ロジスティクス・センター)を主な舞台として、非常に現代的な労働の問題を、あくまで謎の爆弾テロ事件というサスペンスのエンターテインメントの枠組みで提示したことである。

「ギグワーク」の過酷な労働 作品で光

 舞台は外資系の巨大オンラインショップの倉庫。その倉庫は、表面上はクリーンでポップで先進的なイメージを演出している(ちなみに後で紹介する、イギリスのジャーナリストのジェームズ・ブラッドワースが述べている通り、オンラインショップ企業はそれを「倉庫」と呼ぶことを拒否するのだが)。それは、そこで行われる労働が「ギグワーク」というどこか愉快なイメージの名称で呼ばれることと平行関係にありそうだ(ギグワークは、音楽の「ギグ」のように、即興で自由に柔軟に働くというニュアンスの言葉である)。

 「ラストマイル」はそのような表面のイメージの裏側に何があるのかを、サスペンスの物語に乗せて見事に暴露していく。そこにあるのは、1日24時間・週7日たえまなく入ってくる注文を常に発送し続け、次の日には、もしくは下手をすればその日のうちに顧客に届けるための、過酷な労働である。

 それは止めることができない…

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