おやま自主夜間中学の授業の様子。学習レベルが異なる学習者が集まるため、少人数指導が原則だ=2024年4月17日午後7時38分、小山市の市民活動センター「おやま~る」、重政紀元撮影
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 栃木県が県内初の公立夜間中学を2年後に開校するため、準備を進めている。学び直し、日本語能力の取得、不登校の経験者など多様な人の学びの場になることが期待されている。なぜいま公立夜間中が必要なのか、またどんな課題があるのだろうか。(重政紀元)

 「いち、に、さん。一つ、二つ、三つ」。栃木県小山市の市民活動センター「おやま~る」。4月末の水曜夜、十数人の外国人にボランティアが日本語の数の数え方などを教えていた。

 NPO法人が運営する「おやま自主夜間中学」。パキスタンやアフガニスタンなどから来日した外国人、不登校で小中学校に十分通えなかった日本人など約50人が「学習者」として登録している。中学卒業の資格は得られないが、希望に応じた学習支援をする。

 夜間中学は、戦後の混乱期に昼間に働かざるを得ない子どもたちのために行政が設置したのが始まりだ。1955年ごろには全国で80校を超えたが、2010年代には31校に減少。これを補うために各地で民間の「自主夜間中学」が誕生した。

 背景にあるのは、生徒の属性の変化だ。当初は戦災孤児、その後は残留孤児など中国からの引き揚げ者が中心だったが、外国人労働者の増加に合わせてその子どもからの通学希望が増えてきた。

 住民基本台帳法に基づく統計が始まった12年末に、全国の外国人住民は203万3656人。コロナ禍を除いてほぼ右肩上がりで、昨年末は341万992人だった。県内には昨年末時点で4万9843人がおり、その4割以上が小山市など県南の4市に住む。

 だが国、地方自治体とも長年、外国人対象の教育に向き合わなかった。義務教育期間の年齢であれば公立小中学校が受け入れるが、それを過ぎると日本語習得を含め公的な学びの場はほぼない。

 需要は外国人以外にもあるとみられる。国は20年の国勢調査で最終学歴が「小学校卒業」の人について初めて公表。県内は1万2145人おり、うち220人は50歳未満だった。

 十分な教育を受けられなかったのに学校側の判断で卒業扱いとなったケースを含めると、学び直しの対象者はもっと多いと推測される。

 おやま自主夜間中学を運営するNPO法人「みんなの学び場おやま」の代表理事、結城史隆・白鷗大名誉教授は「本来、公教育が果たす役目を担ってきた。支援を増やすには資金やボランティア人材などが課題」と話す。

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 こうした状況を受け、文部科学省も公立の夜間中の増設にかじを切った。2016年成立の教育機会確保法に基づき、全都道府県と指定市に少なくとも一つは設置を促す。昨年には「5年後まで」と年限を切った。設置数は4月段階で31都道府県に53校まで増えた。

 県内では1月に福田富一知事が初めて設置方針を表明。2月には、開校時期を26年4月、設置場所を定時制と通信制によるフレックス制をとる県立学悠館高(栃木市)内に置くと発表した。今年度中に有識者による検討会を開くほか、学習内容や通学希望を把握する調査をする予定だ。

 「具体的な内容は白紙」(県教育委員会)だが、関係者からは既に課題が指摘されている。最も大きな問題は、生徒の学習目的・レベルの差への対応だ。進学のため短期間での学習を求める人から、興味分野を時間をかけて学びたい人まで多様な生徒が集まることが予想されるためだ。

 2年前にパキスタンから来日したガニ・アムナさん(18)は昨年、県内の高校受験に失敗。さらに1年間、自主夜間中で勉強を続け、今春に茨城県の県立高に入学した。「日本に来るまで日本語はまったくできなかったけど、絶対に高校には行きたかった」

 高校進学を切望するのは理由がある。外国人の子どもの入国ビザの大半は「家族滞在」。更新は多くが1年ごと、週28時間超の労働は不可だ。だが、出入国在留管理庁は数年前から日本の高校の卒業者に、就労の自由度が高まる「定住者」や「特定活動」への切り替えを認めるようになった。

 学校の授業を理解する日本語能力の習得は容易ではない。ガニさんも会話はある程度上達したが、「漢字が難しい。高校は自主夜間中のように一対一で指導をしてくれないから」と悩む。

 多文化共生に長年取り組む宇都宮大の田巻松雄・名誉教授は21年8月から毎週日曜に「とちぎ自主夜間中学宇都宮校」の活動に参加している。昨春からは、進学希望の子どもを対象に毎水曜に約5時間の教室を始めた。約10人にほぼ一対一で指導する。

 「生徒の学習レベルや目的に応じた教育をするなら、普通の中学のような一律の授業はできない。新しい学校は自主夜間中の経験を採り入れるべきだ。双方で連携できるようにもしてほしい」

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