【動画】約5年半ぶりに営業を再開する道後温泉本館=佐藤慈子撮影

 松山市の道後温泉は背後に山々を連ね、谷の入り口あたりで湧いている。道後温泉本館から東へ、ゆるやかな坂道を上りながら左に折れると、里山のふもとに宝厳寺(ほうごんじ)が見える。

 鎌倉時代に時宗を開いた一遍上人の生誕地とされる。参道は上人坂といわれ、かつては遊郭や飲食街としてにぎわった。

 「少し散歩でもしよう。北へ登って町のはずれへ出ると、左に大きな門があって、門の突き当たりがお寺で、左右が妓楼(ぎろう)である。山門のなかに遊郭があるなんて、前代未聞の現象だ」。夏目漱石の小説「坊っちゃん」で、こう描かれている。

再建された本堂の前に立つ宝厳寺住職の長岡陽子さん=2024年5月7日、松山市、神谷毅撮影

 長岡陽子さん(34)が生まれたころ、道後温泉は1988年の瀬戸大橋開通を受けた観光客の増加やバブル経済に沸いていた。ただ、寺の周りに往時の面影はなく、観光ブームからは取り残されていた。

 本堂には国指定重要文化財の「木造一遍上人立像」があった。ときおり、拝ませてくださいという人がいたが、住職の父は「見せ物じゃありませんから」と観光から距離を置いていた。

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 今ではまったく覚えていないが、長岡さんは小学校に入るころまで、父をはじめ周りの人たちに「お坊さんになる」と言っていたらしい。

 その後、父とは思春期以降、あまり話をしなくなった。寺を継ぐ気は毛頭なく、父の「背中」も見たことはなかった。

突然の母からの電話

 高校卒業後は兵庫県で専門学校に通い、神戸市内の病院で看護師として働いた。

 2013年8月10日の午後…

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