お片付けできていますか?
こう聞かれてぎくりとする人は多いのではないでしょうか?
誰も「いつでも私の家を見にきてください。戸棚の中まですべて見ていいですよ」とはなかなか言えないのではないでしょうか?
掃除は私たちの心を清めて落ち着かせます。反対に散らかっているとストレスを感じて、自分に自信がなくなります。だからこそ、片付け特集は雑誌でもネットでもテレビでも、ずっと繰り返されている永遠のテーマなのです。
- 汚れた部屋、片づけられない私は「人間失格」 転機はゴキブリ事件
これだけ片付けの裏技や便利グッズが世の中にあふれても、「家を片付ける余力がない」とおっしゃる方は多くいます。
みんな方法はもう知っているのです。
なのにできないのはなぜでしょう?
そうです。「余力」です。「時間と気力」です。
怠け者ではないのに、片づけられない理由
片付けができないという悩みは、私のカウンセリング現場でもかなり大きな割合を占めるのですが、よくよくお話を聞いてみると、この「余力」とよばれる「時間と気力」について興味深い事実がわかります。この方々は、決して怠け者なのではなくて、ものすごく働き者で、実に多くの活動をなさっているのです。
ここで注意欠如・多動症(ADHD)の主婦リョウさん(架空の人物)に登場してもらいます。
リョウさんは数年前、意を決して家族で家中の片付けに取り組みましたが、今ではすっかりリバウンド。洗濯の終わったスカートがなんとなく部屋のかもいからハンガーでつるされたままで、もう見慣れてしまいましたし、ソファには洗濯の終わった靴下の山です。家族みんながそこから自分の靴下を探してはいていく仕組みになってしまい、ソファはゆっくり座る場所ではなくなっています。
娘の水筒、かわいいからとなんとなくとってあるチョコレートの入っていた空き缶、飲みかけのペットボトルまで転がっています。
リョウ「片付ければものの5分でできることのはずなのに……もう余力がない」
リョウさんはなぜこんなに疲れているのでしょうか。
リョウさんはパート、家事、子育てだけでも疲れていますが、その他にはこのようなことに時間をとられていました。
・リサイクルのため牛乳パックや肉のトレーを洗って干して、回収ボックスに持っていく
・子ども会のイベント企画
・ポイントが2倍になるネット通販のセール
・いわゆるポイ活
・ベルマーク集め
・古紙をよけておいて資源ごみにする
・ためになりそうなSNSライブで知識を得る
・購入予定の家電の価格比較調査
・勉強系動画の視聴
・健康番組の録画と視聴
・ADHDに関する動画の視聴
・果物の種から発芽させてみる
書き出してみると、リョウさん、忙しいですね。
「やるべきこと」が終わらないと楽しんじゃダメ?
リョウさんの夫はぐったりしているリョウさんに「そんなに余裕がないなら、牛乳パックのリサイクルまでしなくていいんじゃない?」と言いますし、リョウさんの母親は「優先順位が違うでしょ。まずは部屋を片付けなさい」と指摘します。
リョウさんはこうしたことを昔から言われ続けてきました。「当たり前のことができてから、それはやりなさい」です。
社会人として仕事が一人前にできるようになってから、趣味や恋愛、飲み会に旅行を楽しめと言われてきましたが、リョウさんにとって家と会社の往復だけの人生など意味がありませんでした。仕事でミスなどをしたら、余暇を楽しむ権利すらないのでしょうか。そんなことだったら、リョウさんは一生何も楽しめなくなるかもしれません。
主婦になってからも、リョウさんは母親に「あなたね、旅行でも趣味でもちゃんと家事をこなしてからでしょう」といつも叱られていました。
リョウさんは親孝行したくて、両親が遊びに来たときには、観光スポットを調べたり、おいしいレストランを予約したりして、喜んでもらおうとしていたのです。なのに母親はリョウさんの家に足を踏み入れたとたん「こんなに家が汚いのならまずは片付けから! こんな状況で観光なんてしていられないでしょう」と怒り出したのです。
リョウさんは悲しくなりました。
リョウ「家が汚いのは私たち家族のせいだけど、だからって観光しちゃいけないの? 私たちは親を思いやっていただけなのに」
リョウさんの人生はいつもこんなふうに打ち砕かれます。
「やるべきこと」と「やりたいこと」のバランスを考える
やるべきことを全部こなせる日を待っていたら、ADHDの人の多くは元気をなくしてしまうと思いませんか。でも一方で、年単位、何十万円単位の失敗はできれば避けながら生きていって欲しいのも事実です。
この「やるべきこと」と「やりたいこと」のバランスの取り方が、ADHDの人はそうでない人と違うのではないでしょうか。もっと言うと、「やりたいこと」がイチゴのショートケーキのイチゴのようなおまけではなくて、リョウさんにとってはショートケーキ本体ぐらい重要なものなのでしょう。
やらねばならないことの割合をギリギリまで減らして、やりたいことの割合を増やすのがいいのです。そうしなければ、やらねばならないことをこなすエネルギーが枯渇してしまうのです。
グラフにしてみるとこのようなかんじです。
生存に不可欠な活動には時間の60%を使います。たとえば、食べる(買い物、調理、食べる、片付けを含みます)▽寝る▽清潔を保つ(洗濯、片付け、掃除)▽健康(風呂、爪切り、髪を切る、ひげをそる、服薬、通院など)▽休養▽住まい(災害対策、防犯、メンテナンスなど)▽金銭管理(貯蓄、仕事を含む経済活動)▽安全管理(火の元の始末、戸締まりなど)などがこれに当たります。キャンプに行くと、これらにいかに時間がかかるかわかりますね。
人間らしい社会生活に必要な時間には30%を使います。たとえば、家族との時間(子供の世話、家族とのやりとり)、親戚、友達、職場、地域、学校などを含みます。
「好き」に費やす時間には10%を使います。これはなくても生きていける時間ではあるものの、これがあることで他の90%が頑張れるような、夢中になれる時間です。趣味や好み、指向が反映されます。
割合は目安で書いていますが、みなさんの場合はどうでしょうか?
リョウ「こうしてみると、私は趣味に10%どころじゃない時間を使っているかも……。いや、趣味ともいえない、『これしたい』ぐらいのものなんだけど。もっとしたいことがあるような気もする。私、なんでこのことにこんなにこだわって一生懸命だったんだろう。時間に限りがあるなら、本当はヨガとかしたいことがあるのに」
ぜひともリョウさんには本当の「好き」にたどり着いて欲しいものです。
ADHDの方の魅力は、「好き!」の原動力で目をキラキラさせている時に最も現れるように思います。ぜひご自身なりのバランスを探って楽しい毎日を送りましょう。
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このコラムの筆者の新刊が出ました。「子育て中の臨床心理士が書いた 産後ママの『ココロ』に向きあう本」(松本智子・中島美鈴著、金剛出版)https://www.kongoshuppan.co.jp/book/b649213.html
<なかしま・みすず>
1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。(臨床心理士・中島美鈴)