作家の井上荒野さん
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 流行歌では「別れ」ばかりうたわれてきた。別離のラストシーンが鮮烈な映画も数多くつくられた。恋愛は情動。だが、それは固定観念か、古い常識? つながり万能のSNS時代には、恋愛の本質は情報なのか。作家の井上荒野さんに聞いた。

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 恋愛は、基本的にそれぞれの思い込みでできていると思います。一人ひとりが相手の「個人的な物語」をつくるなかで恋ができあがっていく。その物語の成分は相手の情報ではなく、自分の感情だと思います。

 関係がどんなに深まっても、相手のわからなさは残ります。わかりたい、でもわかりきれない。想像を働かせて思い込んでいく。

 例えば、会っていない時に何をしているかは知り得ません。「今日会うと言っていた相手はただの友達なのだろうか」「今晩はなぜ家にいないのだろうか」と想像をめぐらします。

 恋愛関係を終わらせる「サヨナラ」がつらいのは、心になじんだ物語を自分で失い、あるいは自分で追い出す行為の苦しさでもあります。

 5年前に書いた「あちらにいる鬼」は、私の父・井上光晴と瀬戸内寂聴さんという作家同士の、7年に及ぶ不倫を題材に、母の視点も交えて書いた小説です。寂聴さんからも当時の話を何回もうかがいました。

 寂聴さんは、出家を決意する…

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