国軍と武装勢力の戦闘が激化するミャンマーで、紛争から逃げる国内避難民が300万人に達した。国境地帯から逃げた少数民族が集まる都市部の避難民キャンプを取材すると、食料不足が深刻で、文化の違いから孤立する人もいる実情が見えてきた。

 「生活の全てを捨てて逃げる。人生で最も苦しい決断でした」。最大都市ヤンゴン郊外、ミャウンタガーの町外れにある避難民キャンプで、アウンベーさん(46)がぽつりと語り始めた。

 昨年末、子ども6人とバングラデシュとの国境に近い西部チン州パレッワから、約600キロを小舟とバスで3日かけて逃れてきた。道中には、隣のラカイン州の少数民族武装勢力「アラカン軍(AA)」と国軍の検問所が点在。「どこへ行く」「国民登録証を見せろ」と尋問され、緊張が解けなかった。

ミャンマー西部チン州から逃れてきたアウンベーさん。「なぜ市民の私たちが紛争に巻きこまれるのか」と語った=2024年4月30日、ミャンマー中部ミャウンタガー、笠原真撮影

 自治権拡大を求めるAAと国軍の戦闘は2019年ごろから激化した。昨年11月にAAが大規模な攻勢でパレッワを掌握。アウンベーさんが逃げたのはその直後だ。

紛争に巻きこまれ、自宅を追われるミャンマーの国内避難民が300万人に達しました。命からがら逃げてきた先でも、貧しい暮らしを強いられている人々。その実態をリポートします。

 家々が焼かれ、略奪され、死傷者が出る光景を連日見ていた。争いは今も続き、「今後の人生のためにもパレッワに残る選択肢はなかった」。

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キャンプ内には竹造りの住宅が並ぶ。住民100人ほどが住んでいるという=2024年4月30日、ミャンマー中部ミャウンタガー、笠原真撮影

 地元では穀物を育てて生計を立てていたが、今はマレーシアで働く夫の仕送りだけが頼り。白米を塩や魚醬(ぎょしょう)で食べる、質素な食事が日常的だ。

 ミャンマーでは仏教徒のビル…

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