散歩中に奥多摩の魅力を客に語る秋山拓実さん(左)=2024年6月10日午前11時0分、奥多摩町棚沢、吉村駿撮影

 人生初の東京生活も2カ月が過ぎた。電車、ファミレス、自宅近くの公園……。どこも人だらけで落ち着かない。九州の田舎で育ち、かつ、前任地が群馬だった記者は最近、人混みから離れたくて仕方がなかった。

 都心から電車で2時間の奥多摩町で、自然を満喫できるプロジェクトが進行中と聞いた。6月上旬の平日、心身ともにリフレッシュするため、電車に乗り、ひたすら西へと向かった。

 JR青梅駅で奥多摩行きのワンマン列車に乗り換えた。車窓から緑を眺めること30分。気づけば、車両に乗っているのは私だけだ。扉の開閉は、群馬を走る「両毛線」と同じくボタン式。すでに満足だ。

 終点・奥多摩の3駅手前の古里(こり)駅で降りる。ひんやりした空気と鳥の鳴き声が心地よい。青梅街道から一歩入った小道を歩くこと15分。古民家を改修し、レストランやサウナを備えた施設「Satologue(さとローグ)」に着いた。

 築100年超の空き家を改装し、5月にオープンしたばかり。隣接する空き家も来春、宿泊棟に生まれ変わる予定という。

 支配人の1人、秋山拓実さん(34)が迎えてくれた。「まずは自然の中を散歩しましょう」。秋山さん、そして居合わせた、ほかのお客さんと一緒に近くを散策した。

 清らかな水が流れるわさび田に、アメンボやイモリが暮らす池――。東京にこんな場所があったなんて驚きだ。写真を撮ったり、深呼吸をしたり。新宿区から訪れた大倉英嗣さん(58)も、「最高にリフレッシュできました」と笑顔だった。

 秋山さんは、近くで妻と保育園児の娘と暮らす。豊かな自然が気に入り、2年前に国分寺市から引っ越してきた。住み始めると、「人間関係が密なところが気に入った」という。

 引っ越してきた数日後、隣人からバーベキューに誘われ、野草の食べ方まで教わった。近くに住むおばあさんは、娘を孫のようにかわいがってくれる。「町民と関わりが増えるにつれ、自分も町の一員なんだと意識するようになりました」

 一方、気になることもあった。町の人口は年々減り続け、2020年に5千人を切った。至るところに空き家があり、景観や治安の悪化も懸念される。大好きな奥多摩を元気にしたい――。そんな思いで、大学職員からさとローグの支配人へ転身した。

 実はさとローグ、奥多摩で新たな「滞在型観光」をつくるプロジェクトの核となる施設だ。プロジェクトの名は「沿線まるごとホテル」。町おこし事業を展開する「さとゆめ」(東京都千代田区)とJR東日本が手がける。

 奥多摩を走るJR青梅線沿線一帯を「一つのホテル」とみなす仕掛けだ。それぞれの駅舎を「フロント」に見立てる。さとローグはホテル内の「レストラン」、来春オープン予定の宿泊棟は「客室」といった具合だ。

 目的地に車で向かうのではなく、駅からの大自然をホテルの「庭」として満喫してもらう。そして、運営は秋山さんのような地元民が担う――。そんなコンセプトだ。

 観光客の満足だけが目的ではない。駅を拠点とした旅行を促すことで、地域住民の足を守ることにつなげる狙いもある。

 青梅線の青梅~奥多摩間は…

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