俳句時評 岸本尚毅

 歌壇俳壇面で月1回掲載している、俳人の岸本尚毅さんによる「俳句時評」。今回は有馬朗人さんと岡本眸さんの全句集をひもとき、俳人の人生、そして近代俳句の歩みに思いを巡らせます。

 手袋を落(おと)し自分の記憶までも

 病む地球憂ひて潜む龍(りゅう)淵に

 『有馬朗人全句集』より。一句目は二十歳前後の作。苦学生だった朗人の、人生に対する不安が感じられる。二句目は九十歳の作。「龍淵に」は、秋分に龍が淵に潜むという中国の故事に由来する季語。物理学者の朗人は、地球環境に対する憂慮を、淵に潜む龍に託した。

 一句目と二句目の間には七十年の歳月がある。苦学生は世界的な学者になり、人類を取り巻く地球環境は変化した。古今東西の古典に対する博識と物理学を超えた広い視野を持つ朗人の句は、夥(おびただ)しい海外詠を含み、いつしか賢者の風格を漂わせていった。

 以下は『岡本眸(ひとみ)全句集』より。

 崖づたひ日傘たためば身ひと…

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