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試合後、スタンドにあいさつする早大の主将、印出太一(中央)
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 右手を挙げて語り出した言葉に、はっとした。

 東京六大学野球秋季リーグ戦の開会式。早大、印出太一(4年、中京大中京)の選手宣誓だ。

 「ここにいる多くの仲間たちは高校の時、新型コロナウイルスの影響による戦後初の甲子園大会中止を経験しています」

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 あれは、2020年夏。コロナ禍で春夏の甲子園大会が中止となり、代わりに甲子園交流試合が開催された。中京大中京は無観客の甲子園で智弁学園(奈良)と対戦し、延長十回を4―3のサヨナラで制した。印出は泣きながら校歌を歌った。

 前年秋から公式戦無敗。優勝候補として迎えるはずだった大会がなくなり、「何をめざせばいいかわからない時期があった」。その苦しい経験が、早大に進んでからの支えになった。

 入学以来、優勝が遠かった。3年秋は優勝をかけた早慶戦で2敗し、印出は3試合でわずか1安打。落ち込んだが、「どれだけうまくいかない時でも優勝をめざして戦うことはできる。高校のころに比べたら」と前を向けた。主将となった4年春は打率3割7分5厘で打線を引っ張り、自身初、早大として7季ぶりの優勝を果たした。

 この世代の誰しもが、似た思いを抱いている。

 青学大の佐々木泰(4年、県岐阜商)は高3夏、校内でクラスターが発生し、岐阜県の独自大会すら出場できなかった。大学では悔しさをばねに1年時から先発に。今春は大学日本一をつかんだ。

 立大の田中祥都(4年、仙台育英)は、コロナ禍での学びをいかす主将だ。高3の春、学校が休校となり、部員は全国の自宅に散り散りに。毎日のようにオンラインミーティングでつなぎ、「甲子園がなくても、後輩に良い伝統を残そう」と確認し合った。大学最後の1年、ミーティングの数を増やしたのは、あの時に「コミュニケーションの大切さを学んだから」だった。

 選手宣誓を、印出はこう締めくくった。「このメンバーで戦える最後の秋。感謝の気持ちを胸に、6校のプライドをかけて最後まで全力で戦い抜くことを誓います」

 部活はだめ、会話もだめ。制約だらけの高校時代をくぐり抜けた彼らを、歓声の戻った球場が迎える。完全燃焼をじゃまするものは、もうない。(大宮慎次朗)

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