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有松の町並み=2025年2月7日、名古屋市緑区有松、嶋田圭一郎撮影
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 文化庁の「日本遺産」に認定されている名古屋市緑区の有松(ありまつ)で、その「構成文化財」の一つである、明治末期建築の「弘法堂」が取り壊されそうだ。地区から市に、老朽化などを理由に撤去する方針が伝えられている。だが、古くから弘法大師への信仰が息づき、お堂を守ってきた住民らは反対し、近く存続へ向けた動きを本格化させる。

 日本遺産は、文化財や伝統文化を観光振興に生かす取り組みで、今年で10年を迎えた。全国104件の中で、有松は「江戸時代の情緒に触れる絞りの産地~藍染(あいぞめ)が風にゆれる町」として紹介されている。

 弘法堂は1910年ごろに建てられた、木造瓦ぶき平屋建て(約58平方メートル)の集会所を併設したお堂だ。国の「重要伝統的建造物群保存地区」(重伝建)からは外れているが、旧東海道より古い道とされる「長坂道(ながさかみち)」沿いにあり、重伝建を囲む名古屋市の「町並み保存地区」に立っている。

 弘法大師像などの木像4体が安置され(2019年10月以降は愛知県知立市の遍照院に保管を委託)、地区内外の誰もが自由に参拝していた。文化財には未指定だが、日本遺産の構成文化財の一つとして、国や愛知県、名古屋市の有形文化財の建物などと一緒にその名が列挙されている。

 地区の組織「有栄講(ゆうえいこう)」が維持管理してきたが、有松が日本遺産に認定される約2カ月前の19年3月頃、会員のほとんどが老朽化を理由とする取り壊しに賛同したという。

「弘法信仰の精神的支柱」との声も

 一方、反対する会員らは21年5月、弘法堂を守ろうと、地区内外の賛同者と「新有栄講」を発足させた。西川浩樹事務局長(59)は「有松では、絞り職人や町衆が地域の平和や繁栄を願い、弘法大師を信仰する『講』を代々営んできた。弘法堂はその精神的支柱で、無形の価値も持つ。有形、無形の歴史や文化が軽視されれば、日本遺産の認定も危うい」と話す。

 弘法堂を維持できれば、能や舞踊の奉納のほか、農家と連携した弘法市の開催などで、その価値を広めていきたいという。

 日本遺産を巡っては2月4日、福岡、佐賀両県の「古代日本の『西の都』」の認定が取り消された。自治体など関係団体間の連携がなく、観光振興への活用が十分ではないとされた。

 名古屋市教育委員会の日本遺産の担当者は、弘法堂について「相談があった際、貴重なものなので残せないかと話したが、地元の話し合いで残さないことになった、と聞いている。構成文化財の一つの撤去をもって日本遺産の認定が直ちに取り消されるとは思っていない」としている。

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