「駐夫」の経験を話す小西一禎さん=2024年6月5日、東京都中央区、小林正明撮影
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 東京・永田町で、政治の最前線を追いかけていた政治記者が、妻の米国赴任に同行するため仕事を休み、2児を育てる主夫に――。元共同通信記者の小西一禎さん(51)は今年、そんな経験をベースに「妻に稼がれる夫のジレンマ」(ちくま新書)を出しました。「駐夫(ちゅうおっと)」になって見えた、日本男性や日本社会、企業の姿とは? 話を聞きました。

「ジェンダー? 女性がやっていることね」

――永田町の政治記者から、米国で主夫。なかなかの転身です。

 妻の赴任先に同行し、2017年12月から3年3カ月、米国で暮らしました。

 赴任が決まる当初から、妻は1人であっても当時5歳と3歳の子どもを帯同する考えでした。自分はどうするのか。決断を迫られました。

 それまでは「マッチョ・オブ・マッチョ」な男社会、永田町に身を置いて生きていました。ジェンダー平等意識も低く、「男女共同参画? ジェンダー? 女性がやっていることね」というレベル。当然、すぐには決められませんでした。

 悩んだのは自分のこと。「俺のキャリアどうなるんだ」と。自分勝手この上ないですよね。一方で、妻が異国で1人で子ども2人を育てながら、新生活を立ち上げて働くことは非現実的に思えました。最終的に背中を押したのは社内の「配偶者海外赴任同行休職制度」です。キャリアは中断するけど、職場に戻ることはできる――。そう考え、男性として初めて取得しました。

――周囲の反応は?

 肯定的な意見を言ってくれたのは、女性記者や大学の友達、後輩の男性ですね。「かっこいい」と。ある大物政治家も背中を押してくれましたよ。

 一方、私が「粘土層」と呼ぶ、長時間労働を当たり前とする昭和な価値観を引きずる男性群からは「あいつ、終わったな」といった声を間接的に聞きました。

他社記者の働く姿 10日間、起き上がれず

――そして米国に向けて出発します。不安がなかったとは思えません。

 妻に依存する生き方に不安がありました。

インタビュー後半では、ジェンダー平等のために男性が発信することの意味、国や企業への六つの提言などが語られます

 不安の根源は、私の中の「男…

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