直木賞作家・門井慶喜さん。歴史小説の名手として知られ、学生時代から奈良の社寺を巡ってきました。その体験も生かして、朝日新聞に「知られざる奈良」をテーマにした文章をつづってくれています。
今回は奈良きっての有名寺院が登場。この国を代表する「軍記物」のおもしろさもたっぷりと紹介する内容になっています。
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「平家物語」は、例の「祇園精舎の鐘の声」の名文で幕をあける。
そうして平家一族の隆盛と衰退、源氏の復活と連勝をつぶさに叙して壇ノ浦にいたる。この壇ノ浦の海戦において平家は決定的に敗北し、その血を引く8歳の安徳天皇は西に向かって手を合わせ、念仏をとなえてから入水して死んだ。
そのさい祖母・平時子の言い放った「浪(なみ)のしたにも都のさぶらふぞ」のせりふの有名さもあって、私たちは何となく物語そのものが壇ノ浦でおしまいだと思いがちだけれども、じつはその後もけっこうつづく。三種の神器がどうなったとか、生き残りの誰それが処刑されたとか、総じて仮借のない話が多いけれど、なかには呑気(のんき)な挿話もある。
いちばん私たちの微笑を誘う…