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2019年の密輸摘発の例。(左上から反時計回りに)米国に入国するトレーラーの積み荷。ミューオンで透視すると、不自然な空間を発見。金属コイルを壊すと、内部に大麻を発見=デシジョン・サイエンシズ提供

 厚さ1キロの岩盤をも通り抜けることができる素粒子「ミューオン」を使った研究が盛んだ。強い透過力を生かし、見えない物を見る「透視」の技術により、密輸を摘発したり、ミクロな世界を探究したりと、工学や医学、物理学での応用が期待されている。

隠された銃や核物質、人間も検知可能

 2019年4月、メキシコ国境の街・米アリゾナ州ノガレスの検問所。米国に入国しようとしたトレーラーの中から重さ約2千キロの違法大麻(末端価格32億円相当)が押収された。巨大な金属コイルの中に隠された密輸品を見つけたのは、宇宙から降り注ぐミューオンだった。

 ミューオンは電子と似た性質を持つ素粒子の一種だ。絶え間なく地球に降り注ぎ、厚い岩盤も通り抜けられる強い透過力がある。その際、密度の高い物質にぶつかると散乱し、進路が少し曲がる性質があるため、トレーラーの上下に検出器を置き、曲がり具合を調べることで隠された核物質や銃などの密輸品を検知できる、という仕組みだ。

 このシステムを商業化した米デシジョン・サイエンシズ社によると、90秒の測定で金属コイルの内部に不自然な空洞を発見し、コイルをはぐと中から大麻の束が現れたという。透過力が数十センチほどのX線では、金属が盾となって見えない密輸方法だった。検知器はバハマやシンガポール、UAE(アラブ首長国連邦)などで導入が進む。

 自然放射線であるミューオンは被曝(ひばく)の恐れはなく、線源も不要。コンテナに隠れた人間も検知できるため、有害なX線の代替手段として期待されている。

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シンガポールに導入されている密輸摘発システム。トラックの上下にミューオン検出器がある=デシジョン・サイエンシズ提供

 ミューオンを透視に使う研究は、1950年代から始まった。ミューオンは、途中に岩盤などの密度の高い部分があると通り抜けられる粒子の数が減るため、減り方を調べると途中にある物質の塊や空洞が見える。これまで火山内部のマグマや、エジプト・クフ王のピラミッドに隠された未知の空間を発見したり、原発内部の調査に応用されたりしている。

 東芝エネルギーシステムズ(本社・川崎市)は、老朽化するインフラ検査への実用化をめざしている。建造物や高速道路を透視して、鉄柱の太さや折れていないかを検査する。「耐震偽装などの手抜き工事のチェックにも使える」と東芝シニアマネジャーの宮寺晴夫さんは話す。

 ほかにも原発の使用済み核燃料が保管された容器内を透視し、放射線量の高い容器を開けずに核燃料をチェックする検査法にも取り組む。

 ただ、これらは宇宙から来る…

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