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東洋大学生命科学部助教の郡司芽久さん

 誰かに「やる気を出してほしい」と思ったり、逆に「やる気を出せ」と言われたりした経験は誰しもあるのではないでしょうか。そもそも「やる気」とはどんなもので、どこから来るのでしょうか。キリン研究者の郡司芽久さんは子どもの頃、「やる気が出ないものはやらなかった」と言います。そんな郡司さんに、やる気との関わり方を聞きました。

「なんのため」わからなかった子ども時代

 小学生の頃、学校の宿題や夏休みの自由研究に対してやる気が出ませんでした。宿題はやらないことも多かったです。その半面、例えば、本を読むことや、中学生の頃だったら数学など「楽しい」と思えるものはできました。そのセンサーに引っかからないものに関しては、やらない。「何のためにやるのか」「どこが面白いのか」がよくわからなかったんですね。

 動物も子どもの頃から好きでした。動物図鑑を読んだり、テレビ番組の「生きもの地球紀行」を見たり。海外の広大な自然環境に興味があり、生きものに携わっていきたいと思っていました。大学に進学した際、研究するなら一番好きな生きものを、と思いキリンを選びました。

 私の場合は、楽しいと思うことや、新たなことを明らかにするという時などに、やる気の芽が出てきました。そうして自分の中から湧いてくるやる気は一番強く、長続きもすると感じます。逆に、誰かから与えてもらったやる気はすぐに枯渇してしまいます。例えばオープンキャンパスに行ったとき、周りから「こういうふうになれたらいいんじゃない」とか「この制服、かわいいんじゃない」と言われ、いわば「仕込まれた」やる気は、あまり長くは続かない印象です。

 学生を指導する立場になって思うのは、そもそも誰かにやる気を与えるのは難しいということです。こうやったらうまくやる気を出してもらえる、なんて方法はない。一方で、誰かからやる気を奪うのは簡単です。

 私自身は、自分の中に育って…

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