歴史を「物語」で語れるか

デモクラシーと戦争⑧ 歴史を「物語」で語れるか

 過去の何を物語るか。それは、何を物語らないかということでもある。同じ過去を見ていても、立場や思想によって全く異なる物語になることもある。過去は、価値を巡る対立を生む。この対立が国家レベルで生じると、「記憶の紛争」が生まれる。

 「冷戦が終わり、国家の存在感がだんだんと失われつつあるなかで、国民は何を信じればいいか分からなくなっている」。歴史学者の藤原辰史・京都大准教授はそう話す。その状態で分かりやすく、心を震わす過去が語られると、物語は劇薬となるという。

 「昔は豊かだった」「私たちこそが犠牲者」。物語は連帯を生む。国民意識が復活する。その結果、国家というよりどころが再び現れると藤原さんは考える。

 せっかく手に入れた物語だ。自分たちのアイデンティティーを揺さぶる物語には敵意を向ける。「粗暴な言説でも、この国に生まれて良かったと思わせる物語は、本当に苦しむ人の生を救ってしまう」。記憶の争いは、信仰の争いとなる。

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 2021年、ロシアのプーチン大統領がある論文を発表した。「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」という名で、両者が一つの民族だったと主張した。翌年、ロシアはウクライナへ全面侵攻した。池田嘉郎・東京大教授(ロシア近現代史)は「今回の戦争はプーチン氏の歴史観が前面に出たものだろう」と話す。

東方経済フォーラムで発言するロシアのプーチン大統領。北方領土への経済特区創設などを表明した=2021年9月3日、サハリン・インフォ提供

100年をたどる旅―未来のための近現代史

 世界と日本の100年を振り返り、私たちの未来を考えるシリーズ「100年をたどる旅―未来のための近現代史」。今回の「デモクラシーと戦争」編第8回では、前回(第7回)に続き、「歴史」と「物語」の関係を考えます。

国営メディアがこぞって伝えた物語

 ロシアでは100以上の民族…

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