鈴木秀美・慶応大学教授

 情報漏洩(ろうえい)事件の捜査に関連して鹿児島県警は4月、ウェブメディア「ハンター」(福岡市)を家宅捜索し、パソコンなどを押収した。この過程で別の文書漏洩を見つけ、ハンター側に情報提供していた県警前生活安全部長・本田尚志被告を特定し、国家公務員法違反の疑いで5月に逮捕した。報道機関に対する異例の強制捜査は、取材源の秘匿を侵すことにならないのか。憲法が保障する報道の自由・取材の自由との関係で問題をはらんではいないか。「表現の自由」やドイツの憲法判例に詳しい鈴木秀美・慶応大学教授(憲法、メディア法)に話を聞いた。

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 ――今回の鹿児島県警によるハンターの強制捜査をどう見ていますか。

 「取材源を特定するために強制捜査をしたのだとすれば、警察内部から資料の提供を受けた報道機関にとって、取材源秘匿権の侵害にあたります」

民事裁判で証言拒絶権を認めた最高裁

 ――そもそも取材源秘匿権とはどういうものでしょうか。

 「取材源の秘匿はもともと報道機関にとって最も重要な報道倫理の一つです。今回のケースもそうですが、報道機関やジャーナリストへ情報提供や内部告発をしたことが明らかになれば、嫌がらせを受けたり、刑事責任を問われたりするおそれがある。情報を提供するかわりに、報道機関の側は取材源を明かさないという信頼関係があってこそ、自由な取材活動は保障されます。それを法的に保障するため、報道機関やジャーナリストには、取材源秘匿権が認められているのです」

 ――日本では具体的にどんな形で取材源秘匿権が保障されていますか。

 「日本の刑事訴訟法149条は、医師や看護師、弁護士などの業務上の秘密に関する証言拒絶権を定めていますが、これが新聞記者にもあてはまるかが争われた事件がありました。最高裁は1952年、あてはまらないという判決を出し、以降、刑事事件でこの問題が正面から争われたことはありません」

 「一方、民事裁判では、脱税事件のスクープをしたNHK記者の取材源秘匿をめぐり、最高裁は2006年、取材源の秘匿を認める決定を出しています。民事訴訟法197条は医師や看護師、弁護士などの証言拒絶権とともに『職業の秘密』についても証言拒絶権を認めていますが、これを記者の取材源にも認めたのです」

 ――どんな判断だったのでしょうか。

 「報道関係者の取材源は、みだりに開示されると、報道関係者と取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ、将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることになるので、報道機関の業務に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になると解されるので、取材源の秘密は職業の秘密に当たるというべきだ、と一般論を述べています」

 「そのうえで、最高裁はこう言います。報道が公共の利益に関するものであり、取材の手段や方法が一般の刑罰法令に触れるとか、取材源となった者が取材源の秘密の開示を承諾しているなどの事情がなく、当該民事事件が社会的意義や影響のある重大な民事事件であるため、取材源の秘密の社会的価値を考慮してもなお公正な裁判を実現すべき必要性が高く、そのために当該証言を得ることが必要不可欠であるといった事情が認められない場合には、当該取材源の秘密は保護に値すると解すべき、だと」

 ――今回のハンターへの強制捜査は刑事事件をめぐるものですが、この民事事件の最高裁決定が採用した取材源の秘密についての考え方があてはまる、ということでしょうか。

 「私はそう考えます。記者に…

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