徳川義親が1922年にスイスで購入した木彫り熊(左)と100年前に八雲町で誕生した第1号=個人蔵、北海道八雲町末広町の木彫り熊資料館

 木彫り熊といえばサケをくわえた黒塗りのやつ。部屋の片隅でも飾られていればいいほうで、しまい込まれているか、捨てられてしまったか。数年前まで、私の認識といえばそんなものだったが、百八十度ひっくり返ったのは北海道八雲町の代表的な作り手、柴崎重行の熊に出会ったからだ。荒々しさのうちにかわいらしさが同居する、手のひらに収まる未塗装の熊にすっかり魅了され、八雲に通うようになった。

 町木彫り熊資料館で巡り合った多彩な熊たちは、戦後の北海道観光ブームで土産物として全国の家庭に持ち帰られた「サケをくわえた熊」とは違い、一見して誰が彫ったかがわかる個性的な熊だった。100年の歴史を持つ八雲の木彫り熊は静かなブームを迎えていたが、一時は町民にすら忘れられた存在だった。「河原に捨てられたものを持ってきてくれた町民もいました」と資料館の大谷茂之学芸員は振り返る。

 木彫り熊の魅力を発信するギャラリー「kodamado」を開く青沼千鶴さんは15年前に移住したころ、「八雲にはこれといったものがない」と町民から言われた。各家で大事にされてきた木彫り熊を借りて展示すると、全国からファンが訪れた。「木彫り熊が町民に『シビックプライド』を取り戻させた」

 木彫り熊には徳川義親(よしちか)がもたらしたスイスの工芸品がルーツの八雲と、アイヌ民族が中心になった旭川の二つの源流があり、道内各地に広がった。「木彫り熊こそ北海道の誇るべきアート」と言う青沼さんは、100周年に沸く八雲で様々な産地を紹介する「北海道の木彫り熊展」を開いていた。私も、木彫り熊を通して北海道の近現代をたどってみたいと考えている。

共有
Exit mobile version