論壇時評 宇野重規・政治学者
人は歴史から学ぶべきである。だが、問題は学び方だ。歴史は毒薬でもあり、学び方を間違えれば、思わぬ副作用をもたらす。
ドイツといえば、ナチスによるユダヤ人の迫害・虐殺(ホロコースト)という過去と向き合い、その克服を国是としたことで知られてきた。しかしながら、そのドイツは現在、大量の民間人の犠牲にもかかわらずイスラエル支持の姿勢を崩さず、停戦呼びかけにも消極的である。過去の反ユダヤ主義への反省が現在のイスラエル批判を抑止する背景を探ったのが、西洋史の橋本伸也の論考である(〈1〉)。
2020年代に入り、ホロコーストをめぐって繰り広げられた過去の「歴史家論争」に続く、「歴史家論争2.0」がドイツで起きている。ホロコーストを批判する一方で、植民地暴力の犠牲者を忘却してきたのではないか。反ユダヤ主義を特別視するあまり、イスラエルへの批判も反ユダヤ主義として封殺してしまったのではないか。論争は激化している。かつて仰ぎ見られる存在だったドイツの「転落」を考えることで、橋本はグローバルな政治・経済・軍事・思想の変容をふまえたホロコースト言説の「全面的再審」を主張する。
プーチン大統領とロシア国民が信じる「歴史」
ロシアのウクライナ侵略も歴史と関わる。どうやらプーチン大統領は、自らに歴史的正当性があると本気で信じているようだ。コロナ期間中にプーチンは、ソチの別邸にこもって歴史書を読み漁(あさ)っていたという。特に影響を受けたのが保守的な歴史家ウラジーミル・メジンスキー(現・大統領補佐官)であり、その著書ではロシア・ウクライナ・ベラルーシの三位一体論が展開されていた。ロシア近現代史の池田嘉郎によれば、このような歴史観はロシア国民の間で広く見られ、決してプーチンだけのものではない(〈2〉)。
池田はロシアとウクライナが…